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下校時刻になって丹は校門の前である人物を待っていた。もちろんその人物はとは未来路のことだ。
丹がぼんやりと待っていると未来路がやってきた。
未来路は校門の前に丹がいることが見えると立ち止まってしまった。
丹は未来路に走り寄った。未来路は肩にかけている鞄をぎゅっと寄せた。
「一緒に帰らない?」
わずかに見えるT字路の左の道を指さしながら聞いた。
丹は未来路がわずかに顔をしかめるのを見た。
「なんで?」
「昨日みたいなことがあったら大変だと思って」
何かの役に立ちたかった。不遇な世界にいる未来路に手を差し伸べたかった。
丹は「ありがとう」などとお礼を言われると思っていた。
だが、予想外の反応が返ってきてびっくりした。喜ばれるどころか面白くなさそうな目で未来路は丹をにらんだ。
「何のつもり?」
「力になりたいんだ」
本当にただそれだけだった。助ける代わりにお金が欲しいとか、何かやってほしいと思っていたわけではない。
どうやらそれが未来路には気に入らなかったようだ。
「ふざけないで。私が助けてほしいから青山君に病気のことを言ったとでも思っているの? それなら勘違いしないで、私はあの場で嘘をついても仕方がないと思っただけ。私は誰かに助けてほしいと思ったことはないわ」
冷たい目でそう告げると丹を横切って校門に向かおうとした。
その発言が自分の行為を踏みにじられた気がして丹は気が立った。
横切る未来路の方を向いてその腕を強くつかんだ。
「何でだよ! 昨日はよかったけど、もしかしたら死んでたかもしれないんだぞ!」
気が立つと語尾が強くなって、言葉も荒くなってしまう。それは丹もわかっていたが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
髪に隠れて未来路の顔はよく見えなかった。どんな表情をしているのかわからなかった。
「痛いから放してくれる?」
短い言葉で拒絶した。
丹が手を離すと握られていたところをもう片方の手でさすった。
「死んだっていい」
驚きの発言が未来路から飛び出した。丹は何かの聞き間違いではないかと思って硬直してしまった。
だが言い直す気配は全くなかった。
「ど、どうして・・・・・・」
昨日から驚かされてばっかりだと思った。聞いてばかりだと思った。聞いてはならないと何度も感じていた。それでも聞いた。
その問いに迷う様子もなくすぐに口を開いた。
「ここまで生きて、もうやり残したこともないから。どうせ目が見えなくなってこの世界が消えてしまうなら、私は死んでもいいと思ってる」
ためらいもなくそう告げた。
「逆にそういう風に助けようとされる方が私はいやなの。何も知らない人がかける言葉なんて無意味だから」
さらに追い打ちをかけた。
「死んでもいい」という言葉が人から出てくるなんて思ってもいなかった。
さらに、未来路の苦しみが自分の想像以上のものなのではないかと思った。だからもう何も言えなかった。
「そういうことだから、じゃあね」
目の前で黙ったまま突っ立っている丹を見て未来路は再び校門に向けて歩き出した。
丹は動けなかった。自分の行為が未来路をとり苦しめているのではないかと思わざるを得なかった。手を差し伸べようとしてるのは自分の独りよがりなのではないかと。
静かに生きてきた未来路に自分は苦痛を与えているのではないかと。もしもそうなのであるならば自分は何もしない方がいいと。
今まで通り何もない関係に戻るべきなのではないかと。
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