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サンローランは、クリスチャンディオールに才能を見初められ弟子入りする事となり、心機一転パリの華やかだが少しばかり狭いアパルトマンに住むこととなった。ところが彼はうっかりもの、注意散漫の気があり引っ越して3日目に鍵を、なくした。多分荷物の積み降ろしやなんやでゴタゴタしていたときに小さなキーホルダーさえつけていない鍵だったので紛れこんでしまったのだ。玄関に体育座りをして途方にくれる美青年。しばらくじっとしていた。アパルトマンのオーナーに電話すると明日届けてくれるという。野宿を覚悟した。ところが同じアパルトマンに昔から住むマリーという女性が夕暮れ時、帰宅してきた。
あら、どうしたの?
マリーはいぶかしんだ。
鍵を、失くしまして明日まで部屋に入れないんです。
この時マリーはサンローランを好青年だと判断した。そして気の毒に思った。
とりあえず家に来なさい。そこじゃ、寒いでしょ。
マリーの部屋に温かく迎えいれられ、人見知りなサンローランは恐縮した。温かいコーヒーの香り、チョコレート、壁にかけられた誰かの水彩画。生活感のない空間だった。ホテルの一室みたいである。
子供も独立してね、主人は30の若さで交通事故死、淋しいやもめの一人暮らしだから散らからないのよ。マリーは説明した。
チョコレート、食べる?
はい、とサンローランは従った。甘すぎるホワイトチョコだった。
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