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「お客様でしょうか? わたし、見てきますね」
すくりと立ち上がった矢い子さんはスリッパをパタパタ鳴らせて玄関の方へと向かうが、彼女がリビングを出る前に扉は開いた。
「こんにちは、やっちゃん。レモンパイを焼いたからお裾分けに来たんだけど、大丈夫かな?」
そう言ってふんわりと笑むのは遠い親戚にあたる梅雨で、彼は大きな紙の箱を抱えている。
「あら、梅雨ちゃん。それに……、」
「……こんにちは、奥様、」
「こんにちは、青女さん」
梅雨の横には膨れっ面のセイジョが何故かいる。……いや、"何故か"は適切ではないか、彼らは友人同士だったか。
「スーツを着ていない青女さんをお見かけするのは初めてでしたので一瞬どなたか分かりませんでした」
矢い子さんの言葉に大きく頷いて同意していると、セイジョは苦々しく毒を吐く。
「おれの──私の方だってまさか休日にここに連れて来られるとは思いませんでした。そもそも家で寝ていたら急にコイツに押し掛けられて、起こされて、連れ出されて……迷惑極まりないですよ、」
「まぁ、そうだったんですね。梅雨ちゃん、お休みしている人の邪魔をしては駄目よ」
「だってユキちゃんはこうでもしないと閉じこもりの引きこもりになってしまうからね。たまには太陽の日差しを浴びたらいいんだよ」
ユキちゃん。
なるほど、梅雨はセイジョのことをそう呼ぶのか。うん、セイジョは嫌そうな顔をしているな。
「おい、奥様の前でおれのことを妙な愛称で呼ぶな。その呼び方は気色悪いと言っているだろう!」
「はいはい。ユキちゃんはソファにでも座っているといいよ。やっちゃん、レモンパイを切るからキッチンを使わせてくれるかな?」
言いつつダイニングの方を見た梅雨は俺の姿に気がつくと、軽く会釈する。
「春々さんもこんにちは。……あれ?」
俺に気がつくということは、ウンカイちゃんにも気がついたようで梅雨は固まってしまった。
そんな友人をセイジョは不思議そうに見上げていたが、セイジョもまたウンカイちゃんの姿を認めて固まる。
……何故、固まるのか?
「……んー? んん~?」
唸り声が聞こえたのでそちらを見ると、ウンカイちゃんが腕を組んで首を傾げている。何だ、この反応は?
妙な沈黙が流れ、永遠に続くかと思われたそれに終止符を打ったのはやっぱり太陽の輝きを持つ男であった。
「あ! 思い出したわ!! セイジョさん! セイジョさんな!! え? 何でここにおるん?? びっくりなんじゃけど! スゴくない?? えー! まぢすげぇ!!」
わっと騒ぎ出したウンカイちゃんは本当に楽しげなのだが、セイジョときたら……。
「な、何故あんたがここにいるんだ? やはりついて来るんじゃなかった! くそくそくそっ!」
地団駄を踏んで本気で悔しそうだ。この二人、面識があるのか?
「セイジョさん、前髪伸びたんじゃないんですかー?? そろそろカットに来て、指名して下さいよ!」
「二度と行くか! このしゃべり魔! 陽キャ! コミュ力おばけ!!」
……なるほど、美容院関係か。てっきりセイジョは千円カットとかで切っているのかと思っていた。
この二人の関係性はまぁ理解出来た。なら、梅雨は? 梅雨も客なのだろうか? だがウンカイちゃんはセイジョの方にだけ反応している。
ふと梅雨を見ると、穏和で誰にでも優しい彼の顔が憎悪に歪んでいる。
……え、怖。
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