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9話
大糖祭から、数日。私たち3年生の卒業も近付き、今日はついに最後の登校日です。
私は早めに教室に到着し、ひとりぼんやりと窓の外を眺めていました。ブルーハワイの青に、わたあめの雲。変わりゆくわたあめの形を、空模様を、ぼんやり、ぼんやり。
どうにもあの日から、あのドールを飲んだ日から、頭が上手く回らないのです。忘れられないのです。夢にまで見てしまいます。さらさらと溶けゆく姿、不自然に微笑む口許、私に訴えかける、あの時のあの目を。
私は、何とひとつになってしまったのでしょうか。
「シア!」
突然名前を呼ばれ、びく、と身体が震えます。はっと視線を移すと、ロウが目の前にいました。
「おはよう、さっきからずっと名前呼んでたんだけど……大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫、ごめんなさい。おはよう、ロウ」
いつの間にか教室には他のクラスメイトも登校していてざわめいており、時刻は始業開始間近です。
しかし、ゼンの姿が見当たりません。
「……ゼン、来ないね。どうしたんだろう」
「ええ……。遅くても、この時間には教室に来ているはずなのに……」
話していると、からりと扉が開きました。ですが、入ってきたのはゼンではなく、シスターメアです。
「ごきげんよう、皆さん。突然ですが、これから頭髪検査を行います」
大きく室内がざわつきます。こんな卒業間近に頭髪検査が行われるなんて、今までありませんでしたから。どうして、なんで、とちらほら声が聞こえます。
「今朝、白髪でない生徒が見つかりました。念のため、本日は一日かけて生徒全員の頭髪再検査をします」
もちろん、問題が見つかった場合は退学処分になるのでそのつもりで。と、シスターメアは冷たく言葉を発します。
その一言でしん、と教室が静まり返りました。
「ではひとりずつ別室に呼びますので他の方は呼ばれるまで待機を。検査が済んだあとは各自自習をしてください」
未だ状況を上手く飲み込めない生徒が大半の中、最初のひとりが別室に呼ばれていきました。残った私たちは自習をしながらも、近い席の人たちとこそこそ話をします。それは、私とロウも例外ではありませんでした。
「ねえシア、ゼン、まだ来てない」
「ええ……どうしたのかしら……」
「今日休みなのかな……」
「でも昨日は、普通に元気でしたよ……?」
「だよね……」
沈黙。
この状況から導き出されてしまう可能性に、私もロウも、たどり着きたくないのです。
「ゼンは、……ゼンは、もしかして」
「……わかりません、まだゼンと決まったわけじゃ」
「でもゼン以外はみんな出席してるんだ」
「体調不良かもしれないもの。他の学年の生徒かもしれないですし」
「……検査が終わったら、シスターに聞いてみよう」
「ええ、ええ……そうね、そうしましょう」
どうか、どうかゼンじゃありませんように。
- - - - - - - - -▷◁.。
「皆さん、付き合ってくださってありがとう。遅くなってしまったけれど、お昼休みにしましょう」
三年生全員の頭髪検査が終わったのは昼休みの半ばでした。
「シスターメア!!」
「!」
教室を出て廊下を歩くシスターメアを、駆け足でロウが呼び止めます。
「ああ、ロウさん……シアさん」
シスターは少し疲れた様子でしたが、私たちを見て少し微笑みました。
「あの、ゼンは、ゼンは……?!」
「……そうね。貴女たちは仲が良かったものね」
そう言って、ゆっくりと話し始めます。
「ゼンさんのおばあ様が、こっそり彼女に白髪魔法をかけていたらしくて……そのおばあ様が昨日、亡くなられたみたいなの。魔法の効果が切れて、ゼンさんは突然黒髪になられたわ」
「!」
頭を殴られたような。そんな衝撃。そんな。まさか。ゼンが。
「そんな……」
「ゼンさんも知らなかったようで、とても戸惑っていました。でも、違反は違反ですから。朝、荷物をまとめて出て行ってもらいました」
「そ、それってつまり」
「ええ。退学されました」
黒髪の卒業生を出すところでした。危なかったわあ、とのほほんと話すシスター。
その姿が、私には、異質に見えます。そんな。そんな。ゼン、ゼンが、もういない?
「これから念のため二年生と一年生も検査を行うの。シアさん、昼食を取ったら自由にして良いと、三年生の皆さんに言伝をお願いできるかしら」
「……」
「シアさん?」
「は、……はい、シスターメア」
「ありがとう。お二人とも、ゆっくりおやすみになってね」
去ってゆくシスターの背中を、私もロウも見つめることしかできません。認めたくなかった可能性、これが現実?突きつけられてしまった答え。
ゼンは、髪色を偽っていた。
どさ、と。隣から音が聞こえました。見ると、ロウが崩れ落ちています。
「ロウ、……ロウ」
「……ゼンが、ゼンが退学」
ぶつぶつと呟くロウ。ぼんやりと見つめることしかできません。どの言葉をかけるのが正解か、今の私にはわかりません。ただ隣に座って、彼女の背中を撫でます。なんだか、全てが、夢の中のようで。ずっと、ふわふわと、気持ちが宙を漂っていて。つう、と落ちる涙さえも。見ていることしかできませんでした。
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