8話

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8話

今日は、学園全体がなんだか浮ついています。 それもそのはず、なんたって今日は「おさとうのかみさま」の生誕を祝う大糖祭(だいとうさい)。年に一度の素晴らしい日ですから。 私も例に漏れず、鼻歌なんかを歌いながら身支度をしていました。 まあ、皆が楽しみにしているのは「おさとうのかみさま」のお祝いよりも、それに伴って開催されるお菓子パーティの方でしょう。生徒が三人一組でお菓子をつくり、かみさまに捧げて、捧げ終えたお菓子でパーティを行うのです。 つくるお菓子は各自で好きに決めて良いので、皆自分の好きなものをつくります。 私、ゼン、ロウはラングドシャを。ネグさん、レタさん、ルンさんの班は、レタさんたっての希望でキャロットケーキをつくることになったと教えてくれました。 「製菓の授業で習ったことをしっかり活かして、美味しいお菓子をつくってくださいね〜」 シスターメアもお菓子作りの時はいつもの服ではなく動きやすいワンピースを着て、気合が入っています。 「さてー!頑張ろうねっ、シア、ロウ!」 「うん。美味しいのつくろう」 「ええ。さっそく始めましょうか。まずは……」 - - - - - - - - -▷◁.。 生地をつくり、鉄板に絞って、オーブンで焼くこと十分ほど。 ちりん、とオーブンが出来上がりを教えてくれました。 「あ!できたできた!開けるよー!」 ゼンがうきうきと扉を開きます。ほわっと、甘くていい香りが広がりました。 「お、いい感じじゃん」 「本当。とっても美味しそう」 「ねっねっ、味見!味見しようよー!」 できたてを食べられるのはつくった人の特権!とゼンが強く主張したので、一枚だけ味見をすることに。 「ん!ん!んまー!」 「こら。うまいじゃなくて美味しい、ですよ。ゼン」 「ん、でもほんとにめっちゃおいしいよ、すごい上手くできてる」 さく、と歯触りの良い食感、香ばしいバターの香り。甘すぎないのも相まって、いくらでも食べられそうです。 もう一枚もう一枚と手を伸ばすゼンとロウからなんとかお菓子を守りきり、シスターに提出。 「レタちゃんたちのキャロットケーキも楽しみだねー!!」 「うん。早く食べたい、早く」 「まったく、ゼンもだけどロウは特に甘いものに目がないんだから……」 そうは言いますが、私もとても楽しみです。はじめて過ごす妹との大糖祭、素敵なものになりますように。 - - - - - - - - -▷◁.。 「はあい、すべてのお菓子が完成しましたので、大糖祭を始めますよお」 十五時のセカレードを、甘く満たす香り。 壇上に並べられた色とりどりのお菓子。その中央に鎮座するのは、シュクルドール。 「あれ、あたしたちが探すの手伝った子だよね」 「そうですね……」 左足に真っ赤なリボンをつけた真白の捧げものは、じっと、ただじっと前を見つめたまま微動だにしません。心が消えてしまったみたいに。 「それでは、皆でお祈りの言葉を捧げましょう」 シスターメアの先導で、糖典を読んでいきます。 祈りを捧げ、歌をうたう。ここまではいつものお祈りですが、最後に行われるのはいつもと違う、とある。 「最後に、シュクルドールに今年の聖少女を選んでもらいましょう」 シスターメアがシュクルドールを連れて舞台の中央に立ちます。 「シュクルドールがこの中からひとり、自分を食べる権利を与える聖少女を選びます。聖少女に選ばれると、今年一年が幸福に満ちると言われていますよ。左手の甲に花の模様が浮かんだら聖少女の証なので、皆さん自分の左手をよく見ておいてくださいね」 おまじないを知らなかったであろう一年生たちの席からわっと小さく歓声があがりました。他の学年からも期待に満ちた声がちらほら聞こえます。とても高価で滅多に食べることができないシュクルドールを食べられるかもしれない。そんな場面で、はしゃがずにいられる人はそういませんから。 それでは、と。シスターメアがドールに合図をします。ドールはまだ少しざわつくセカレードをゆっくりと見渡したあと、両手を組み、目を閉じました。 皆が自分の左手を見つめながら、証が浮かぶのを待っています。私は、シュクルドールを見ていました。あの子の気持ちは、心は、どこにいってしまったんだろう。 「……あ!ね、ねえっ、シア!シア!手!」 隣に座るゼンが私を呼びます。膝に置いていた自分の手を見ると、浮かんでいました。満開のゴジアオイが、左手の甲に。 わあっと、私の周りで拍手が起こりました。ゼンとロウも、すごい!おめでとう!などと声をかけてくれています。 「選ばれたのですね。ではシアさん、こちらへ」 シスターメアに呼ばれ、壇上に上がります。聖少女は、シュクルドールを食べる権利を与えられる。私が、この子を食べる。嬉しいことの、はずなのに。 「今までは紅茶に溶かして召し上がっている方が多いですが……シアさん、食べ方の指定はありますか?」 「……いいえ。今まで通りで、大丈夫です」 運ばれてくる淹れたてのダージリン。 『おめでとう。おめでとう。』 「ねえ……あなた、」 シスターメアの手を離れたドールは、呟きながらゆっくりとテーブルを歩きます。赤いリボンが、ふわり、ゆらり。 「あなた、本当に、」 『せんせイ。ありがとう。ヤくそくダもんね』 ドールは慣れたような手つきでカップの縁に腰掛けます。 『こううんなあなタ、わたしをのみほス、おんケいをうけるあなたが、わたしをたべテ、しあわせでありますように』 そして、微笑んだままダージリンとひとつになっていきます。溶けきる最後、彼女は、一瞬、 「さあ、シアさん。召し上がって」 そうして言われるまま、カップに口をつけました。あまいあまいそれの中に、少しだけ残る苦味。あの子が生きていた事実が、証が、この喉を通り過ぎて行く。通り過ぎて、逝く。 飲み干し、カップをテーブルに戻します。わあっと拍手があがります。声がきこえます。おめでとう!おめでとう!おめでとう!おめでとう! 「……幸運を。ふさわしい聖少女(あなた)に祝福を。」 誰が言ったのか。そんな声が。 「さあ皆さん、ここからはお待ちかねのパーティですよお!三年生の方から順に好きなお菓子を取りに来てくださいねえ」 そして、皆が一番楽しみにしていたお菓子パーティは幕を開けたのでした。 私の心を、置き去りにして。
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