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2話
用意していたチョコレートの確認を3人で終えたところで、声をかけられました。
「シアさんたち、チョコレートの準備は出来ているかしら?」
「はい、今終わったところです、シスターメア」
この学園の先生方の中でも、いちばん偉い方。学園の長、それが〈シスターメア〉です。教師の指定服である真白なクラシックワンピースを美しく着こなして、同じく純白のベールの中に、優しいミルクパープルのショートヘアがちらりと見え隠れするその姿はまるでシュクルドールのようだと、生徒たちからの評判もとても高い、素晴らしい先生です。
「まあ、ありがとう。とても早くて助かるわ。これなら、予定より早く〈アーデルシェリ〉を始められそうですね」
シスターメアはそう言って微笑みます。
この学園では、最高学年の3年生が1年生とペアを組み、学園での正しい過ごし方や振る舞いを教える、という伝統があります。そのペア……姉妹を決める儀式ことを〈アーデルシェリ〉と呼ぶのです。
「例年通りこのままセカレードで始めますから、わたくしの説明が始まり次第、ゼンさんは1年生に、ロウさんは3年生にチョコレートを配ってくださいね」
「わかりましたっ」
「了解です」
「シアさんは3年生の整列をお願いします」
「はい、シスターメア」
- - - - - - - - -▷◁.。
「お待たせ致しました、新入生の皆様。さっそくですが、今から皆様のお姉様を探す儀式〈アーデルシェリ〉を始めましょう」
シスターメアが壇上に立ち、説明を始めます。
「今から皆様にお配りするチョコレートを、わたくしの合図で食べていただきます。すると手の甲に花の模様が浮かびますので、同じ模様を手の甲に浮かべている3年生を探してください。その方と姉妹として1年間共に過ごしていただきます」
シスターが説明をしている間に、セカレードの入口でロウからチョコレートを受け取った3年生を整列させます。1年生と同じ人数、20名の最上級生。セカレードの外ではひそひそおしゃべりをしていても、一旦中に入るとぴたりと口を閉じます。セカレードがどういう場所か、アーデルシェリがどういう儀式かを皆しっかり理解しているので、私の指示にも素早く応じてくれます。あっという間に3年生の整列は完了しました。
「はい、シアの分」
「ありがとうございます」
チョコレートを配り終え列の端に立つロウの隣に並び、チョコレートを受け取ります。ゴジアオイの花をかたどった、小さなホワイトチョコレート。なんの変哲もないただのチョコレートに見えますが、これにはシスターメアの特別な魔法がかけられているそうです。
「ロウ!チョコちょーだいっ」
「ゼン、お疲れ。はい」
「ありがとー!」
1年生のチョコレートを配り終えたらしいゼンがロウからチョコレートを受け取り、私の隣に並びます。
「ゼン、お疲れ様です」
「ありがと、シア!」
小声でお互いを労わっている間に、シスターの説明が終わったようです。
「それでは、わたくしの手拍子のあと、チョコレートを食べてくださいね。いきますよ」
シスターはそう言ったあと、口の中で小さく何かを唱え、ぱん!と大きく手を鳴らしました。私たち3年生はほぼ同時にチョコレートを食べ、左手の甲が上になるよう両手を胸の前で重ねます。新入生たちが、姉を見つけやすいように。
少しして、チョコレートを食べた新入生たちが席を立ち、こちらへやってきます。自分の手の甲と、私たちの手を見比べながら。
「……あの」
1番最初に声をかけられたのは、ロウでした。緑がかった白髪をふたつのお団子にした、大人しそうな少女です。左手の甲には、花弁が2枚足りないゴジアオイの模様が浮かんでいます。
「わたしのお姉様……ですか?模様、同じです……よね?」
不安そうな彼女に尋ねられたロウは、自分の左手と彼女の左手を見比べます。
「うん、同じだよ。よろしくね、私の妹」
微笑んだロウが左手を彼女に差し出すと、彼女も慌てて左手を出します。そして2人が手を繋ぐと、手の甲の模様が宙に浮かび、ふたつのゴジアオイが混ざりあい、ぱっと消えました。ここまでが〈アーデルシェリ〉の儀式です。
「1番乗りはロウか〜!おめでと!」
「おめでとうございます、ロウ」
「ありがと、2人とも」
それじゃあ行こうか、と手を繋いだまま、2人はセカレードを出ます。姉妹になった後は、校舎や寮の案内などを自由にして良い決まりなのです。入学式の後に2日ほどお休みがあるのは、姉妹の親睦を深めるためだとシスターは仰っていました。
「あたしたちの妹はどんな子かな!楽しみだね、シア!」
「ふふ、そうですね」
残る3年生の数が半分ほどになった頃、艶やかな髪に小さく淡い花を咲かせた少女がこちらへやってきました。
「……あ!先輩がアタシのお姉様ですね!」
きらきらとした笑顔で1枚花弁の欠けたゴジアオイを、ゼンに向ける彼女。ゼンも自分の手と見比べ、満面の笑みを浮かべました。
「うん!これからよろしくね、あたしの妹ちゃん!」
きゅ、と手を繋ぐと、ふたりの手のゴジアオイが絡み合い、宙に爆ぜました。
「シア、先に行くね!どんな子だったか、また聞かせてね!」
「ええ。おめでとう、ゼン」
「ありがとう!じゃ、行こっか!」
「はい、お姉様!」
ゼンも無事妹を見つけ、他の3年生もひとり、またひとりとセカレードからいなくなり、遂に残る3年生は私ひとりになりました。そして、残っている新入生もたったひとり。
長く伸びる髪を三つ編みにしたその少女は、席を立つことなく俯いています。私は少女に近付き、彼女の前に膝をつきました。
「貴女が、私の妹……ですね」
「……はい」
小さく呟いた少女は、手の甲を見せてくれました。1枚も花弁が欠けていない、美しいゴジアオイ。この模様が浮かぶのは、学年の中でただひとりだと言われています。
「……あの、どうしても、姉妹にならないといけませんか」
「え……?」
シルバーグレーの目を逸らしながら、彼女は呟きます。
「私、人と関わるのが、すごく苦手で……きっと、先輩にも、たくさん迷惑かけると、思うんです……だから」
怖い。……ごめんなさい。
ひときわ小さな声でそうこぼした彼女の頭を撫で、私は微笑みました。
「良いんですよ、迷惑をかけたって」
「……!」
「きっと、人と関わるのが嫌いなわけではないんでしょう?」
そう言った途端、彼女がぱっと顔をあげました。優しい銀の瞳と目が合います。
「……そう、です。私……話すのが、下手で……えっと、だから、その……」
「大丈夫ですよ。私と一緒に、慣れていきましょう?そのための姉なのですから」
ただきっと、優しくて不器用なだけ。その優しさに、周りが気付いていないだけ。彼女の魅力を引き出すお手伝いをしてあげたい。
だって私は、〈姉〉なのだから。
彼女の左手に手を合わせます。最初は不安そうでしたが、おずおずと私の手を握ってくれました。満開のゴジアオイがふたつ、淡く光り空へと消えていきます。
「よろしくお願いしますね」
「よろしく、お願いします。……お、お姉様」
控えめに微笑む私の妹は、今までに出会ったどんな人よりも愛らしく見えました。
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