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7話
その日は、珍しくシスターが慌てていました。
二月末。元から白いこの街をさらに白くしていた雪も溶け始めてきた頃です。
「なんかシスターたち、わたわたしてるねー?」
昼食時、一番に気付いたのはゼンでした。彼女は最近お気に入りのキノコパスタを頬張りながら、廊下を早歩きで移動しているシスターたちを見ています。
「確かに……。言われてみれば、ちょっとバタバタしてる?」
ロウも塩焼きそばを食べる手を止め、シスターたちを見ました。
「食べ終わったら、声をかけてみましょうか」
と、私は二人に言いました。二人も了承してくれたので、今日はいつもより早く手を動かして、昼食を食べ進めました。
そして全員食べ終わった頃、ちょうど私たちのいる中庭の前をシスターメアが通るのが見えたので、声をかけることにしました。
「シスターメア、どうかされたんですか?」
「ああ、シアさん!少し困ったことがありまして……」
しょんぼりと眉を下げるシスターを見て、私たち三人は顔を見合わせ、そして頷き合います。
「私たちに何かお力になれることはありませんか?」
- - - - - - - - -▷◁.。
「シュクルドールの脱走?」
他の生徒に聞かれると困るから、と私たちは生徒会室に。
シスターメアは少し言いづらそうに話してくださいました。
「……ええ。来月の式典で必要なドールが逃げ出してしまって……」
「来月の式典……って、大糖祭ですよね?!」
ゼンが驚いて声をあげました。
大糖祭。
年に一度だけ行われる、一番大きな式典です。
この式典にはシュクルドールが必ず必要なので、逃げ出したことがかなりまずいことだと、私たち三人はすぐにわかりました。
「今、手の空いているシスターにお願いして探しているのだけれど、ドールは小さいし…今回の子は動きが素早いから、なかなか……」
「そっかあ……」
重苦しい空気が漂う中、ゼンが「そうだ!」と手を叩きました。
「あたしたちも探すの手伝いますよ!ね、シア、ロウ!」
私とロウは顔を見合わせ、そしてどちらともなく頷きます。
「ええ、もちろん」
「そうだね、ここまで話聞いちゃったしね」
しょんぼりとしていたシスターメアの顔が、少し明るくなった気がします。
「申し訳ないわあ……と言いたいところだけど、今はそうも言っていられなくて。お願いしてもいいかしら?」
「任せてください!絶対見つけます!」
どん、とゼンが自分の胸を叩き、力強く叩きすぎたようで咳き込んでしまいました。私とロウが慌てて背中をさすります。
その様子を見て、ようやくシスターメアの顔に笑顔が見えました。
「ふふ、どうかよろしくお願いします。次の授業は出席免除にするよう、担当のシスターに伝えておくわねえ」
「ほんとですか?!やったあ!シア、ロウ、すぐ探しに行くよ!まずは中庭だー!」
「あっ、こら!走ると危ないよ、ゼン!」
バタバタと二人が生徒会室を飛び出していきます。苦笑する私に、シスターはまた顔を少し曇らせ、声をかけました。
「シアさんたちにこんなことお願いしてしまって、本当にごめんなさいねえ……」
「いえ。シスターのお役に立つことは、一生徒として当たり前のことですから」
「……ほんとうに、あなたは……あなたたちは素晴らしいわあ。ありがとう」
シスターメアは、とても幸せそうに微笑みました。
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「いないねー、ドール」
「うーん、小さいから見つけにくいよな、やっぱり…」
「どこに行ってしまったんでしょう……」
三人で注意深くドールを探します。
誤って踏んでしまったりしないように気をかけつつ、ゆっくりゆっくりと中庭を注視します。
「隠れていて、見逃したのかもしれません。他の場所は他のシスターが探してくれているでしょうし、もう一度しっかり確認してみましょう」
「うん!じゃあ、あたしこっち見るね!」
「よし、私はこのあたり見るよ」
テーブルの下、噴水の近く、花壇。ゆっくり、ゆっくり、見逃さないように。
「いた!」
「!!」
ロウが声をあげました。私とゼンも慌てて近くに向かいます。
「こっちこっち!」
ロウが指さす花壇の中、小さく蹲る真白。間違いなくシュクルドールです。
「……どうする?」
「捕まえる道具のこととか、何も考えてなかったねー……」
「私が捕獲します」
「え、シア大丈夫?」
「ええ。ロウ、見つけてくれてありがとう」
花壇に近付き、両手でそれをすくいあげると、手の中でじたばたと動き出しました。
「暴れないで、欠けてしまうわ」
『いや、いや、いや!もどりたくない!たべられたくない!いや!』
もう逃げられないとわかっているはずなのに、それは抵抗をやめません。不思議です。
「どうして?あなたは食べられるために生まれてきたのでしょう」
『いやだ!しにたくない!』
「大丈夫、あなたはかみさまの元へ行くの。それはとても幸せなことよ」
そう言って、私は両手でそれを包み隠しました。そのあとの戯言がふたりに聞こえないようにするためです。
「さあ、シスターメアに渡しに行きましょうか」
「シア…その子、なんて言ってたの?」
ゼンがおそるおそる尋ねてきます。
私は微笑みながら、答えました。
「ただ、意味のない言葉ですよ。」
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「まあ…!三人とも、本当にありがとう!」
シスターメアの元へ戻り無事連れ戻したことを報告すると、ぱあっとシスターの顔が明るくなりました。
「よかったあ、三人にもお願いして本当によかったわあ」
「ですが、かなり暴れる個体みたいで……欠けてしまうかもしれません、注意した方が良いかと」
両手を少し開いてシスターに見せると、まだドールがばたばた大暴れしています。
シスターはそれを確認すると、にっこりと笑いました。
「ありがとう、大丈夫よお。ちゃんと対策があるの」
悪いんだけどシアさん、そのままドールを持っていてくださるかしら。と言いながらシスターが手に取ったのは、赤いリボン。この真白な学園に存在するにはあまりにも鮮やかすぎる、真紅のリボンです。
「さあ、やんちゃなドールさんにはお仕置きしないとねえ」
『やめて!やだ、いやだ!たすけて!!』
シスターがそう言うとリボンがぽわっと光り、しゅるしゅるとドールの左足に絡みつきます。
最後に足首で蝶結びを施すと光は消え、それと同時にドールは動かなくなりました。
「……え、死んだ?死んじゃった?」
「なんてこと言うんですかあ、ゼンさん。死んでませんよお、ちょっと動きを封じただけです」
脱走しちゃうわるいこには仕方ないことなのよお、とシスターは微笑みます。
ドールは私の手の中に座り、ぼんやりと宙を見つめています。まるで心が縛られなくなってしまったかのように。
「さあ、これで無事に大糖祭が行えるわあ。三人とも、改めて本当にありがとう」
私の手からひょいとドールをつまみあげ、シスターメアはにっこりと、笑いました。
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