冬の花は牡丹に散る

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 ここは西国街道の宿場町。四日市宿。  丘陵山地に囲まれた盆地であり、龍王からいただく冷涼で清冽な軟水を運び込み、そこは酒造りで栄えていた。  その一画にある酒蔵、牡丹酒造では杜氏を筆頭に今日も蔵人が汗を流しながら丹精を込めて酒造りに励んでいる。 「おはよう」 「おはようございます美芳(みよし)お嬢さん」 「朝から精が出るわね」 「へいっ、任せてください!」  冬の花のように凛とした美芳に「おはよう」と声を掛けられるだけでのぼせあがる者さえいる。  美芳は牡丹酒造の蔵元、芳勝(よしかつ)の一人娘。両親のみならず、牡丹酒造の者たちに蝶よ花よと育てられた美芳は、龍王の水のように清らかで汚れさえ知らないような顔を見せる。そんな美芳に男女問わず皆が魅了されない訳もなかった。  杜氏の息子である辰吉も例に漏れず美芳の虜である。 「美芳お嬢さん、おはようございます」 「おはよう辰吉さん。今日も寒いわねぇ」 「ええ。ですからお嬢さんは母屋にお戻りください。蔵は寒いですからね」 「寒くてもあなたたちの活気があるから私はここに来るのが好きなのよ」 「存知ておりますとも。ですが今日は飛び切り冷えますからね、お部屋まで送りましょう。さあさ、お部屋にある火鉢の炭はまだ足りておりますか?」 「ええまだあるわ。辰吉は本当によく気が付くから頼もしいわね」 「へえ〜、そんな、そんな、もったいない」  照れた辰吉は頭の後ろをかく。それを見て美芳は袖口で口を隠し、ふふふ、と笑った。  笑う美芳の視線に気付いて辰吉も冬の花に目を合わせる。 「辰吉……」  美芳の白い手が辰吉の腕を這う。 「お嬢さんいけません」  だが言葉とは裏腹に辰吉の瞳に熱情が浮かぶ。  辰吉は自身の腕を這う雪を汚したいという劣情を唇を噛んで必死に堪える。  堪え、堪え……、雪を掴んで美芳の部屋に連れて行く。 「お嬢さん、すんません。仕事に戻ります」 「辰吉さん?」 「へい」 「炭」  部屋の中から部屋の外へ美芳の声が飛ぶ。 「炭、ですか?」 「そう。火鉢の炭。あとで辰吉さんが持って来てね?」 「へ、へい。お任せください。たくさん持って来ます」 「たくさんは要らないわ。少しずつ、少しずつ……。足りなくなったら辰吉さんが持って来てくれたらいいの」 「へえ……、へ? へいっ! では一度蔵に戻りますんで!! 失礼します!!」  勢いよく頭を下げた辰吉はそのままの勢いで襖を思い切り閉めてしまい、ぱしん、と行儀の悪い音が響き渡る。 「すんません!!」  襖に向かってもう一度頭を下まで下げ、辰吉は耳を赤くしたまま廊下を走った。    
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