冬の花は牡丹に散る

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✽ 「大変だっ!!」  牡丹酒造の酒蔵に息せき切って駆け込んできたのは辰吉だった。 「どうした!?」 「三村屋も島崎屋も明石屋も、うちと取引のある旅籠がどこもみんな急に取引を辞めるって!!」 「なんだって?」 「どうしてそうなる?」 「理由は?」  蔵人たちは手を止めて辰吉に詰め寄る。 「なんでも牡丹酒造(うち)が美酒に使う米を駄目になったやつで仕込んでるとか、蔵も汚えし樽も汚えとか、あることないこと噂が出ておるみたいでさあ」 「なんでそんな出鱈目が!?」 「それと、これは島崎屋の手代に聞いた話しなんだが、何でも松野屋の若旦那がこっそりと金を積んでうちとの取引を阻んでるらしいと……」 「それは(まこと)か、辰吉?」 「くっ、蔵元!」  辰吉の後ろから芳勝が蔵へと入ってくる。 「噂です。手代も見た訳ではないがお茶を運んだ女中が松野屋の若旦那の声を聞いたようで」 「その女中、何と聞いたのだ?」 「『この金で牡丹酒造との取引を停止して欲しい』と。渋る主人に若旦那は『悪いようにはしない』と何度も宥めていたようです」 「くそっ、なんだってんだ! うちが松野屋に何かしたのかよ?」  その言葉に芳勝は、はっとする。  と、その時、蔵の外でガタと音がした。不審に思った辰吉が蔵の外に出ると走り去る赤い着物の背が見えた。 「お嬢さん?」  辰吉は首を傾げるが、胸がざわりと震えて慌てて追い掛けた。
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