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「この企画書、明日までに直してくれないか?」  もうあと三十分で定時という時に部長が奈々子(ななこ)のデスクにファイルを置いた。 「またですか~?」 「仕方ないだろー。俺の立場にもなってくれよなー。頼めるのは(たちばな)だけなんだ。な?」  部長は手を合わせて懇願した。  まだ二十九歳にして、既にお局様的な立場になりつつある奈々子。部長の気持ちもわからなくはない。このご時世、なにせ若い人材がすぐに辞めてしまう。  少しお茶汲みやコピーを頼めばパワハラ。髪型や服を褒めればセクハラ。親睦を深めようと誘えばアルハラ。  全員がそうとは言わないが、誉めて誉めて、ゆっくり育てていかなければ会社の高齢化問題を解決出来ない。部長もナーバスになっているのだ。  ペラペラとその企画書をめくる。ザッと見ただけでも誤字脱字や計算間違え、目がチカチカする様な色のグラフ。間違いなく却下される。 「で、この作成者は?」 「ライブだか何だかで今日だけは絶対に残業ダメなんだと」  当の若い新人女子社員はこっそりと、もう帰り支度をしている。 「甘いですよ、部長」 「わーってる。でも朝一のプレゼンだ。彼女にやり直しさせると…」 余計に手間がかかるのは目に見えている。 「もう。わかりましたよ」 「恩に着る!」  はっきり言って、直すだけなら簡単だ。ただ、この企画に関わっていないので、誰かにきちんと説明や確認はして貰いたかった。 「じゃあ、誰か、彼女以外の担当者にも手伝って欲しいんですが」 「そうだな…」  部長は、オフィス内をぐるりと見渡し、「松岡にしよう」と言った。
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