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「お邪魔しまーっす…」
扉の向こうには、部屋ではなく、
もう一つの館があった。
通りで大仰な扉だと思った。
重い扉はバタンと大きな音を立てて閉じた。
そこには高級ホテルのロビーほどの広さのエントランスホールがあり、左右から階段が円形に伸びて上階へつながる。
「うーわ…まだスペースあるのかよ」
そこはきっと千秋のための個人的な部屋と呼ばれる場所なのだろうが、ここはもはや独立した一つの屋敷だ。
「で、メインの部屋はどこですかね…」
ひとまず、階段を登り上階へ上がる。
下のホールを見下ろしつつ、壁に沿って歩くと
扉がある。
「ここかな?」
扉を開けると、そこは図書室だった。
本棚がいくつも並んでいて、一生あっても読みきれないほどの本が詰め込まれている。
「すっげえ」
哲学、宗教、歴史関連の学術書をはじめ、海外小説まで。歩けど歩けど本の山。
ついに部屋の突き当たりに来たかと思うと、
また扉がある。
しかし、いくつも。
「どれにしようかな」
てきとうに扉を選ぶと、そこは映画館だ。
座席はそれほど多くないが、スクリーンは巨大で商業施設に劣らない。常時何かを上映してあるようで、今は白黒の女性が英語を話している。
映画館を出たら、扉と扉。
だんだん面白くなってきた。
「こっち行ってみよっかなあ〜!」
次はスポーツジム、次はプール!
次は…
終わらない迷路に迷い込んだようだ。
「次は…」
ついには、真っ暗な部屋にたどり着いた。
「なんでここだけ電気がないんだ…?」
不審に思いつつも、他人の部屋を詮索するのもここまでにしようと踵を返した。
その時、部屋の奥から大きな物音がした。
「わっ」
暗闇だったので、妙に恐ろしく感じて息が止まった。
しばらくしても音沙汰がない。
「…誰かいるのか?」
返事もない。しかし、今の音は間違って何かが地面に落ちた音とは思えなかった。
何か、重いものが勢いよくぶつかった音だ。
ここは松門寺家、貴族が集う、最も安全が保障された世界である。
竹内によれば、このパーティーは招待状を受け取った人物か、代々招かれている家系、関係者以外には知らされない秘密の集会だという。
そもそも、この屋敷の住所さえ参加者には把握し得ない。
俺がそうであったように、参加者は必ず松門寺の手配する送迎車で送られ、道中の車窓は常にカーテンで締め切られる。
GPS機能が働かないように全ての通信機器は黒塗りのリムジンに乗った時点から遮断され、この土地は地図にも描かれない、航空写真からも削除されているという徹底ぶり…らしい。
松門寺の財力に不可能はない、と竹内が豪語するのでそれを信じるほかない。
つまり、部外者は立ち入り不可。
俺が部外者と呼ばれないのかどうか不明だが…
しかし、万が一、俺以外にこの場所を知り、
マスターキーを持ち、ここへ来ることができる人物がいたとして、
この屋敷の最も奥で、返事もせずにうろついているとすれば…
事件である。
スマホを取り出してみるが、ここは圏外のようであらゆる通信が遮断されている。
電話もできず、メッセージも送れない。
俺はここから逃げて、誰かを呼ぶべきか?
それとも、ただの物音の原因を見てから判断するべきか?
「げ…っ!」
扉を開けて帰ろうとすると、そこも真っ暗だった。
どうやら停電したようだ。
「マジかよ…!」
どちらにしても、部屋をいくつも通り抜けては、ゲームのようにドアを選んで、分岐を繰り返してきた。
このまま振り返っても、もう帰り道がわからない。さらには視界も真っ暗だ。
俺は暗闇の迷路の中に閉じ込められているのだ。
「…落ち着け」
スマホの画面が、青く光る。
フラッシュライトをつけて、足元を照らした。
「…」
恐る恐る、部屋の奥へ進む。
スマホの画面がだんだん暗くなってきた。
「こんな時に限って何であと3%…!」
文明の敗北だ。
残りの3%で、部屋の中を一通り確認し、ここが寝室であることが分かった。
財閥の御曹司ともなれば、寝室がどれだけ広くとも驚くことはない。
ただ、問題は唯一の光源が絶たれたということだ。
ホームボタンさえ反応しなくなってしまった。
これじゃあ、ただの薄い板だ。
小さな窓からの微かな月光も、外の吹雪で白いカーテンに遮られていた。この大雪では、電気が止まってもおかしくない。
いついかなる時もそばにあり、親の顔よりも見つめてきた俺の電子機器が屍となった今、俺の生命力はゼロに等しい。
「蝋燭くらいないか…?」
確かこの屋敷では、いくつか蝋燭が壁にかかっていた。それがあれば、大人しく人のいる会場へ戻れるかも知らない。
蝋燭探索へ、いざ。
震える足を踏み出した。
「うわっ」
何かに足が引っかかった。
ぐらりとバランスを崩す。
とっさに、周りに手を伸ばすが何も掴めない。
「いでっ」
足首を捻り、そのまま床へ体が落ちる。
しかし、そこに何か柔らかいものがあった。
「っぐ……!」
「え?」
ガチャン
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