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たしかに、何かがある。
何かの上に倒れ込んだ。
柔らかい。そして、息がある…
これは、人間か…?
「う…っ」
「ひぃっ!」
うめき声が伝わってきた。
驚いてその物体から離れた。
「だ…誰だ!」
盗人か?それとも、いやまさか…
「………」
返事がない。
状況から判断するに、この人物は寝室の周辺を物色していたが急に停電が起こり身動きが取れなくなった。
そして、そこへ不幸にも迷い込んだ俺に鉢合わせし、逃げる術もなく隠れていたところを俺とぶつかり、下敷きになって倒れ込み、うめき、…そして返事をしなくなった。
まさか、死んだ…なんてことは…
恐る恐る暗闇の中に手を伸ばしてみる。
床を伝って、その人物の場所を探る。
「いっ…」
床にあった棘のようなものが指に刺さった。
そして同時に、液体で指先が濡れた。
転んだ時に、何かが落ちて割れる音がした。
その破片かもしれない。
下手に動くと傷が増えそうだ。
しかしまずは、ここにいる誰かの安否を確認しなければ。
さらに手を伸ばし、息が当たらないかと探る。
しかしその気配はない。
まずい。
冷たい汗が頬を伝った。
「…あの、もしもし、…失礼しますね…」
その人物が体に身につけていて、光になりそうなものを探す。
これだけ手で触れて、何も返答がないことにいっそう焦る。
「…おい、生きてるよな」
ポケットを見つけ、探ると何かはある。
それを一つ一つ感触だけで判断していく。
ハンカチ、金属製のリング、名刺サイズのカードケース、眼鏡。
持ち物はそれだけだ。
光るものなどどこにも…
カチ、カチ、と焦る心を追い詰める秒針の音。
それだけがこの部屋に響く。
「…時計!」
腕時計には、種類によってはライト付きで暗闇でも文字盤が読めるものがある。
自分のものにはない。
ならば、こいつは。
「…ついてくれ」
床に投げ出された手首を探し、滑る指先で腕時計のつまみを押した。
ライトが、ついた。
手首から腕時計を外し、つまみを押したまま床を照らす。
腕時計のライトは微かな光しか発さないが、
それでもないよりはマシだった。
「……嘘だろ」
倒れた人物の顔を照らすと、それは
あの大富豪、松門寺千秋だった。
真っ白な肌と真っ黒の髪。
不気味な程欠陥のない造形で、
それが美術館の彫刻ではないことを
額を伝う赤い血が証明していた。
腕時計を持つ手が震える。
微かに唇の隙間から息をしている。
ただ眠っているかのようにピクリとも動かない。
周囲に赤い液体が広く流れ出している。
これが血ではないだろうと思いたかった。
仰向けに倒れている様子から、
後頭部を激しく打ったに違いない。
「おい、しっかりしろ!今、助けを呼んでくる。わかったか?返事はできるか?」
息を呑み、薄い唇が動くのを待った。
「…」
うんともすんとも言わない。
勘弁してくれ。俺のせいでパーティーの主催者が流血、最悪死亡だなんて、俺はとうとう松門寺に抹殺されてしまう。
「お前は松門寺千秋だよな?そうなら返事をしてくれ」
口元に耳を近づけると、
スー、と漏れる息の音。
「…死なれたら困るんだ、頼む」
ここは寝室だ。
ベッドのシーツを剥いで、後頭部を隠すように覆い流血を防ぐ。
「もう少しだけ待ってくれ!」
寝室の奥の部屋は、おそらく松門寺千秋の書斎か、私物がある場所のはずだ。
連絡を取れるものがないか、箪笥の引き出しや
机の上を探る。
タブレット端末があった。
これで連絡が取れるか?
《暗証番号を入力してください》
「は!?」
指紋、顔の登録がない。
意識がないやつに番号を確認することはできない。
結局、来た道を戻って下へ降りるしかないようだ。
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