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宝くじにあたる確率は、地球に隕石が落ちる確率と同じかそれより低いらしい。
この招待状はきっと、どんな小さな隕石が落ちてくるよりももっと希少な貰い物だと思う。
「えぇええええええッッッ!?」
俺は思わず立ち上がった。
講義室に俺の叫び声が響き渡った。
「…おい、おい、高砂!座れって」
「君、授業中ですよ」
「高砂ってば!」
すごい視線を感じるが、それどころではない。
スマホに表示された数字の数を繰り返し数え直す。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん…ひゃくまん!?」
「おいおい颯喜くん?おーい」
「君、うるさいぞ。携帯電話をしまいなさい。一体何を見てる!」
「先生トイレ行ってきます!」
俺はノートを取っていたパソコンも持たずに飛び出した。ただ、封をした封筒だけは忘れずに。
「あっ、じゃあ俺も行きます!」
「こら、待ちなさい!」
颯喜はコンビニへ立ち寄った後すぐに浦に引きずられ駅前のカフェに駆け込み、浦は座ってまもなく椅子から立ち上がった。
とぼけた顔の高砂颯喜のスマホの画面を凝視しながら。
「しょ…招待状を、売った!?」
「だからさっきからそう言ってんだろ」
「ちょ、貸せ!」
浦は颯喜のスマホを取り上げて何やら操作をしようとするが、画面の「SOLD」の文字は消えない。
「う…そだろ…マジで売ったのか…!お前何やってんだよ!!」
「売っただけじゃない。よく見ろよ、これ300万だって!!これだけあれば学費の足しになるし少しの間はバイトなしで生きられる!お前にもなんか奢ってやるし」
高砂が誇らしげに胸を張ると、浦はテーブルをドンと叩いた。
「300万が何になるッ!」
「300万は大金だろうが!!」
店内が静まりかえった。
「あの…お取り込み中申し訳ありませんが、ご注文は?」
店員が苦笑いで聞く。
「取り込み中ですッ!!」
浦は店員の顔も見ない。
店員は俺の顔を見て苦笑いしている。
「あ、俺ブラックで。お前もそれでいいよな?」
「俺はコーヒーは飲まないッ!」
「ブラック二つで」
「お二つ、ですね?」
不思議そうな顔をしたまま、店員がまあいいかという顔で伝票を書いた。
「かしこまりました〜」
店員が去る。
「話を聞け!」
「あ、マジか!うわー!ここ食事とセットの方がコーヒー100円安かったぽい。クッソやらかした〜!…お前何立ってんの?」
高砂がぽかんとした顔で言うと、諦めた浦は力なく椅子へ腰を投げ落とした。
「……あのなあ、高砂君…!!君がどこの誰とも知らない野郎に売り飛ばしたその招待状は、金には替えられないほどのそれはそれは高い価値があるものだったんだ…!
それを君は、なんてことしてくれたんだッ!!…もうだめだ…俺の人生お終いだッ!」
浦は頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「いいじゃん、どうせあんなもん来年にでも行けば。知り合いがくれたんだっけ?ならまた貰えるだろうし?それに人生なんてまだ60年もあるんだ、年越しもパーっとこの金使って遊べば…」
「恐ろしいことが起こるぞ…これは大問題だ…!松門寺からの招待状がネットオークションで流出!?まだネットニュースにはなってない、誰にも見つかってないはずだ…あああ!高砂、そのオークションの取引は中止できないのか!?」
「招待状?もう相手に郵送した」
浦は少し笑った後、手を挙げた。
「やっぱり俺生!生ビール!」
こうして、おかしなパーティーなんかには招かれず、無事に大金を手にした俺だった。
…が。
12月31日。
雪の降る街を歩き、年越しの晩餐のために買い出しへ出た朝。
閑散としているはずの駅の周りに人だかりが出来ている。
きゃあきゃあという女子の浮ついた声が聞こえてくるので、どこかのアイドルかタレントがロケにでも来てるのだろうと思った。
こんな雪の中、よく働くもんだと感心しつつ人だかりの横を通り過ぎようとした時。
「若様」
雪の中に突き刺さるような声が俺の足を止めた。
その声の主は、女子高生の群れを掻き分けて登場した。
「お待ちくださいませ」
それは映画の中から飛び出てきてしまった英国紳士のような風貌の男だった。
全身黒づくめで、シンプルなコートと高い帽子が彼のオーラを際立たせる。
「…もしかして俺?」
彼は高い帽子を脱いで胸に当てた。
キラリと光る眼光に狼狽える。
「左様でございます。大変恐縮ですが、少々お時間を頂いてよろしいでしょうか」
と言われたはいいものの、その紳士の後ろからレッドカーペット並みのフラッシュが焚かれ、俺はまともに目も開けられない。
「これは一体何の騒ぎなんですか!?」
彼が頭を深く下げると、その挙動の一瞬一瞬を捉えようとする人々のシャッター音が轟く。
「突然訪問し、さらにはこのような公の場でお騒がせいたしましたこと、心よりお詫び致します」
「は、はぁ」
「失礼ながら私、松門寺家にお使えしております、竹内と申します。
以後、度々お会いすることと存じます故、どうぞお見知り置きを」
「度々…?」
松門寺、という言葉に胸が騒いだ。
どこかで聞いた名前だ。
いや、聞いたどころではなく、その一家の門外不出品を転売して300万稼いだような…
彼は綺麗に指先を揃えて右手側を指した。
「どうぞこちらへ」
その先には、黒塗りのリムジンが雪を薄くまとって待っていた。
数人の体格のいいスーツの男が、扉を開けてこちらをじっと見つめている。
「い、いやー、ちょっとこの後用事が…」
手に握っていた財布を引き渡したところで、いや、俺の持つ臓器全て売ったところで…
「どのような御用でしょう。差し支えなければお送り致します」
彼は目を細めた。
これこそ殺しの笑顔というやつだ。
きっと俺がそこらへんの何もやらかしていない女子高生だったらほいほいとその誘いに乗るだろうに。
「えっとー、パーティーが!寮で年越しパーティーやるんですよ!でも歩いて5分くらいでつくし、
リムジンなんて大層なものに乗せてもらうわけには…」
「いえ、なんなりとお任せください。
まだ早朝ですから、年越しパーティーの開始までにはお時間に余裕がございましょう。お話は車内でゆっくりとお聞かせください。お前たち」
数人の男達が俺をリムジンへと半ば強引に促す。
「お話!?ちょ、ちょっと待ってくださいって!」
悟った。
東京湾に埋められるのだ…
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