宝石の学園

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銀髪のピアニストは、どうやら男性のようだった。あくまでもこの生物が男と女に二分化されるものだと仮定した場合だが… しかし性別などどうでもいいと思う。 そう思わせるほどこの人はおかしい。 「だから、この学校の音楽講師ってのはそこらの教官なんかよりもずーーーっと倍率の高くて難しい仕事だ! ピアノはもちろん弦楽器全般、木管金管、パーカッション、声楽、とにかくいろんな楽器の演奏技術を総合的に評価されて、音楽史やコード進行や楽器の構造などのあらゆる知識まで持って初めてスタートラインに立てる! これがどれだけの労力と精神力を必要とすることか、君はわかるか?わかるのかい青年! ま、僕はワンランク下の非常勤だけど…」 ジェットコースターかと思うくらい感情の起伏が激しい。百面相か。 銀髪のポニーテールが激しく動くたびに揺れる。灰色の瞳、少し垂れ目。 「は、はあ…、先生はそんなにピアノが上手でも非常勤講師から昇格できないんですか」 「それだ青年!!」 「はい?」   ピアノの椅子から勢いよく立ち上がった彼は、 ステージ上に突っ立っていた俺の胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。 「何故だ?何故、勤続17年の僕が未だにおちおち“非常勤”をやっていると思う?そうさ、僕が外黎亜目のヒエラルキーの中で下級に当たる種族だからだ。 これを差別と言わずになんと言う!」 俺は半径1メートルのディスタンスを保ちつつ話を聞いた。 「外黎亜目にヒエラルキーが…? 先生は何か他とは違うってことですか」 「獣人科って知らない?」 彼はぴょこぴょこ、と頭の上でうさ耳のジェスチャーをする。 「あー、名前だけ」 彼はため息をついた。 「存在すらわからないって?」 「…なんかすいません」 つまり、この人が獣人?耳付き? 普通の人に見えるけど… それで紫のニット帽か。 上手く隠しているのか、そのおかげで人の姿をした外黎亜目と変わらなく見える。 彼は灰色の目を細めた。 「君ね。間借りなりにもここの学生なのだから、それくらいのことはたとえ“ニンゲン”」 「わーーーーーーっ!!!」 わーーー、わーっ、わ… 講堂に俺の声が響き渡った。 「びっくりしたあ!何だい、いきなり。虫か何かいた?」 まさか俺が人間だと知ってるのか? もうノアが噂を? 竹内が対処すると千秋は言っていたが? 「おおおお俺は人間じゃない!ですから!」 迫真の演技だと思ったが、きょとんとした目で見られた。 「うん。君が人間に特化した研究をしてる生徒だとしても知っていて然るべきなのではないだろうか…って、言おうとしたんだけど。君の制服、研究生のだから」 確か、バッヂや腕章で所属が分かるようになっていた。 「あ、あー!そうです、そうです。 俺人間の研究しててヒトの匂いとかもするから、もしかしたら怪しく思われてるかなって。一応、言っておこうと…」 なんだ、バレてなかったのか。 「それはいいけど、わーーーー!って何?」 そこは見逃してくれないのか。 「えーと…わ、わー…肩が痛いなあー。 実験中やらかして傷できちゃって。 俺、ほんとにドジで…」 これは本物の傷だ、見せておけばいい。 我ながら苦しい言い訳だがこの人はあまり俺を疑わない様子で、 心配してくれているようだ。 「叫ぶほど痛いなんて可哀想に。 待ってて、手当してあげよう。 こういうの得意だから!」 うわ、めんどくさい! 「そんな…け、結構です!」 突き飛ばしかけて、手を引っ込めた。 「この僕が申し出てるのに、そんなに手当されるのが嫌だって言うの?」 突然偉そうに腕を組み、あからさまに不機嫌そうにする。 親切なのか押し付けがましいのか、とにかく変な人だった。俺も大概変なやつと思われているのだろうが。 「いや、いやいや、大丈夫ですから。 これくらいなんともないですから。 それじゃああの、これで失礼します」 「ちょっと、待ちなさいっ!怪我人は安静にしなきゃ…」 「大丈夫です!突然お邪魔してすみませんでした!!」 長居してまた変な騒動を起こしたら今度こそ終わりだ。早く退散するに越したことはない。 肝心なピアノの話はできないままだが、 音楽の座学があればまたその時に会えるだろう。 その時までに人間と誰にも知られなければ… 逃げ出そうとした時、アナウンスが流れた。 「全生徒に緊急通告。防衛省より来賓のため、直ちに講堂へ集合し待機すること。繰り返す」 講堂、とはまさにここのことだ。 「…来賓?」 「青年、待ちなさい。この集会…いや、グリーティングには君も参加しないといけない」 ステージに駆け戻り、訳の分からないアナウンスの説明を求めた。 「…グリーティングって、何するものですか?俺もなんかしなきゃダメなやつ?」 「うーん、特にすることはないかな。 見て楽しむというか騒ぐというか。 1月に祭祀は行わないはずだから、今回は臨時の開催できっと短縮版だろう。元々はただの接待だったんだが、今年はもはやファンミーティングだね」 「ファン…?」 「新入りには理解しづらいだろう、よく分かるよ。始めは僕も口をあんぐり開けて立ち尽くした。でもそこに座って見ていれば意味はわかるはずだ。お、来たよハイエナが」 どっとドアが開き、一斉に学生が流れ込む。 われ先にと最前列から席が埋まり、 俺はまた隅へ追いやられながらこの光景を凝視していた。
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