宝石の学園

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来賓って一体誰だ? 「ちょっとそこ座って!」 「うっ」 突き飛ばされて座席に腰を下ろした。 ステージには大層な花やら幕やらが高速で用意されていき、ついに暗転した舞台にライトが当たった。 「さあ、お待たせいたしました。 本日のゲスト、松門寺千秋様の御登壇です」 「……は?」 敬礼した上官らの待つステージに一人、ライトに追われながらすたすたと歩いてくる男がいる。あの立ち姿、見間違えるはずもない。 「皆さん、お久しぶりです。松門寺千秋と申します」 「千秋様ーーっ!!」 「待ってましたー!」 拍手喝采、黄色い歓声が上がった。 「え、ええ…」 ただ一人俺だけが引き攣った顔で奴を見ていた。 「ありがとう、聞こえてますよ」 松門寺千秋が歯を見せて笑っている。 国王のように手を振りながら。 完璧な笑顔だ。 奴が普段どんな奴か聞いたら、ここの黄色い声を上げている女や男達がどんな顔をするだろうか。人を縛って殴る舌を切るなどして喜び、俺のことを殺してやると宣言したあげく餌を前にした熊のように襲いかかってきた奴だ。 しかし奴はそんな素性を一ミリも感じさせない。 あの笑顔ならどんな商品のCMでも誰もが目を奪われ、思わず買い占める。 そんな完璧な全てが変だ。 本当は陰湿で少し気に入らないことがあればガキみたいな悪態をつく奴だと言うのに。 俺の知らない顔だった。 本当にどこかの聖人と中身が入れ替わったみたいに見える。 あの男のことだから、これくらいの演技は何一つ問題なくやってのけるのだろうが。 「ありがとう。僕は皆さんにまた会えてとても嬉しいです」 「千秋様ーー!」 千秋が瞬きをするたび、あたりにさっき集めた雪に似た粒がチラチラと宙を舞う。 粒はどんどん増えて、雪のように降り注ぐ。 それが体に溶け込み、夢見心地になってふわふわ空へ飛んでいきそうだ。 雪の粒が見えているのは俺だけか。 それにしても、この雪の粒は甘い。 この千秋も夢なのかな… 「今日僕がここに来たのは、皆さんに感謝をお伝えしたかったからです。日々、防衛に尽力してくださっている皆さんはこの霊界の希望であり宝です。どうかお身体を大切に、今後ともこの世界を守ってください」 千秋が何故そんなスピーチをしているのかわからない。 この雪の粒は人々が生み出す羨望の味か。 「そして、もう一つ。重大なお知らせがあります」 会場がざわめく。 一体どんな衝撃発言をしてくれるつもりだ? 嫌な予感がする。 「新たに研究生として配属された優秀な生徒の紹介をさせてください」 千秋が手のひらでこちらを指した。 「高砂颯喜君です」 ライトが隅に座っていた俺を照らした。 「は、はあ!?」 全校生徒が俺を不思議な生物を見る目で見つめている。俺にどうしろと! 「高砂君、どうぞ登壇してください」 千秋がにっこり笑顔で俺を手招きする。 頼むからこっちを見て笑うな、寒気がする! 「ほらほら、早く行きなよ」 後ろから押し出されるようにステージ前に飛び出して、逃げ場なくステージに上がった。 ああ嫌だ、こんな1000人近くの前に連れ出されるなんて… 「どういうつもりだこの野郎」 千秋はあくまでステージ用の笑顔で前を見たまま答える。 「黙って笑っていればいい。 余計なことをするなよ」 「お前がな!」 千秋は俺の肩をがっちりと掴んで引き寄せ、 骨が折れそうな力で俺の二の腕をつねった。 「があ"あ"っ!?何すんだっ」 「喚いたら腕を折る。いいから前を見て笑え」 「クソジジイ覚えてろ」 歯を食いしばって口角を上げた。 こいつのこういうところをぜひ皆さんにお知らせしたいんだが。 「えー…。実は、僕が推薦して彼にここへ入学してもらいました。高砂君は高校生の時から成績優秀で、素質があると見込んだからです。しかし彼は境界から遠い町の出身でこの土地に馴染みがないために、不自由なことも多くあるかと思います。どうか皆さん、高砂君を支えてあげてください。 ここでの研究を遂げた暁には、彼こそ次の防衛大学校を率いるリーダーとなることでしょう」 よくもまあそんな大嘘をすらすらと爽やかに。 当の優秀な未来のリーダーの腕を折ると脅しているとは知らず、どの生徒もこいつの笑顔に騙されている。 「では、 高砂颯喜君から一言、皆さんに向けて」 お前に向けてなら言いたいことは山程あるんだが。皆さんに対して一言も何もない。 「あー……ま…、よろしく…っい"っ!?」 折れたかと思った… 不満があるなら口で言え! 「少し緊張しているようです。 無理もありません。彼は元々喋るのが得意ではなく、コミュニケーションが苦手です。 皆さんご存知の通り、訓練や研究生としての活動を一人で乗り越えるのは大変困難です。 僕はそんな彼を応援したい。」 何を企んでいる… 気づかれないよう顔を見上げても、その表情はまったく読めない。 「そこで…」 スポットライトで顔が焼けそうに熱かった。 それで頭がぼーっとして、これが一瞬何を言い出したのか理解できず聞き間違えたのかと思った。
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