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ーー
「っぶ…」
「許してください!」
「…」
「っぐは…」
「…」
「お願いします!悪気は…っ」
胸ぐらを掴まれ、ノア・ミシュカの体は浮き上がった。
「ひっ…」
「悪気はない?ならお前のことを好きなだけ殴ってもいいか?俺も悪気は無い。ただ、お前が苦しむのが見たい」
「ぅううっ!」
後ろで腕組みをして立っている竹内がそっと牽制する。
「坊ちゃん。その程度で止めておきましょう。
後始末が面倒ですから」
「お前が言うな竹内」
「ど、どうかっ、命だけは」
「刑期は60年、たっぷり楽しんでくるが良い」
「そんな…」
千秋はノアの首を掴んで怒鳴った。
「文句を垂れるな!生かされていることを感謝しろ。
俺にとってはお前の人生などなんの意味も価値もないが、お前を殺せば被害者は自分を責めるだろう。自分のせいでお前が殺されたと思い込む。そんなことはあってはならない。お前のためではない、あの子供のためだ。お前はその恩を有り難く受け入れればいい」
ーー
千秋なんぞ知らん、俺はもう帰る!
帰ってやる!あいつらみんな置いて…
帰る…
って、俺はどこに帰れば良いんだ?
「青年!高砂君だっけ」
廊下の真ん中で振り返ると、
さっき会ったばかりのピアノ弾きがいた。
「…あ、…どうも…、えっと」
ピリリ、と彼の腕時計が鳴った。
「ごめん、お薬の時間だ」
銀髪の男は錠剤を取り出して口に含み、ラムネのように噛み砕いて飲み込んだ。
「僕は墺未 季世、
先生、って呼んでくれてもいいんだよお」
にっと口を横に開いて笑うと、覗いた八重歯が鋭く光った。
「そっかそっかあ、キミ千秋のお気に入りだったんだ、ふーん」
「お気に入りっていうか、飼い犬っていうか…しがない派遣社員というか」
「へえ、そんなに酷い扱いされちゃった?」
「俺は完璧超人のあいつにとってはお荷物で。あいつが専門的な技術が必要だとかで俺はここに来たんですが、やっぱり俺には務まらないし…何よりあいつとはやっていく自信がなくて。意見も聞いてもらえないし、何を言っても喧嘩になる。俺、もうこんなことになるくらいだったら死んだ方が良かったんじゃないのかなって…」
「おいおい!いくらなんでも思い詰め過ぎじゃないかい青年!ちょっとくらいの失敗やすれ違いなんて大したことじゃないって。
相手は千秋だよ?どんな優秀な学生でもあの人の期待通りにはならないさ。赤ん坊に水泳を教えようとするようなスパルタだもの」
「それはそうかもしれませんが…」
「君は愛されてると思うよ。少なくとも、千秋がこんなに一学生に構うなんて、あいつがこの学校と提携して史上初めてだよ。ステージ以外では感情を失った冷徹魔神だったんだよ?そんな奴が喧嘩して他人に怒りを見せるなんて。
君に心を開いているんだね」
「…あいつとは長い知り合いですか」
「まあね!腐れ縁かな。伊達に長年非常勤やってないもん、嫌でも顔見知りになるよ。昔から千秋は血清事業でここの理事とズブズブだからさ。ファンミーティングだのパレードだのって好感度のために何でも好き勝手してきたけど、今度は紫を連れてくるとはねえ」
「紫?」
墺未は俺の髪の匂いを嗅ぎ、肩や腰のあたりを危険物所持の確認をするようにぽんぽんと叩いた。
「やっぱり…
隅から隅まで抜け目ないねえあのお爺様は」
「はあ…?」
墺未はなんでもないよと首を振った。
「気軽に噛み付いたりしちゃいけないよってことだね。あ、帰りは気をつけるんだよボク!」
「あのー、俺はどこに帰れば良いんでしょう」
「学生寮ならあっちだよ」
じゃあ、と墺未は手を振り、
俺は寮へ歩いてみることにした。
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