宝石の学園

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「えーと…これが俺の寮…?」 寮というから、質素なアパートを想像していたが。ここは立派な庭付きの洋館だった。 3階建てで、どこかの大使館みたいだ。 扉は解放されてあり、そこから中へ入っていいようだ。赤いカーペットの敷かれたホテルのロビーのような部屋がある。 「お邪魔しまーす」 誰もいない?もう夜だし、誰かいてもいいはずだが… ゴーン、とロビーの真ん中に立っていた時計が音を立てて、18時を知らせた。 「もうそんな時間か」 突然腕を引かれた。 「え?」 後ろ向きに引っ張られ、 抵抗する間もなくそのままロビーのカウンターの内側へ連れ込まれた。 「おい!何のつもり…」 俺を引っ張った犯人は、馴染みの顔で俺を見た。 「浦…」 見慣れた陽気な顔は、ずっと営業用だったらしい。今のこいつは、少しもちゃらんぽらんな大学生なんかじゃない。 「話は後。これから学生が駆け込んでくるから、ここでやり過ごすぞ」 なら、なぜそうやって俺を助ける? 「…俺はお前のこと信じてねえから」 「だろうな。でも俺はお前のパトロンの部下だから、お前と松門寺が協力関係にある限りは俺も仲間だ」 「…」 じゃあ、契約が切れたら? 「来るぞ」 怒号と足音が一斉に部屋の扉を叩き破った。 「聞いたか!!千秋様が育成中の研究生はこの南館に配備されたらしい!つまり千秋様もここに来るということだ!現在部屋は特定できていないが、じきに研究生も帰ってくる。 部屋の特定班、研究生の捜索班に分かれて動け!」 「了解!」 学生が群れを為して捜索を始めてしまった。 浦は俺の手を引いて寮の中を走った。 「どこ行くんだよ」 寮のドアが並ぶ廊下は博物館のように重々しくどこまでも無機質で、どこか怪しい気配に包まれていた。 「俺の部屋に匿ってやる。どうせお前の部屋はもうバレてるだろ」 捜索中の寮生とすれ違いながら、浦の部屋に隠れた。 「お邪魔します……」 浦は帽子を脱ぎ捨て、シングルベッドに腰を落とした。 「なあ、なんだか大事になってねえか?」 部屋の中からでも外の喧騒が聞いてわかる。 「当たり前だろ。松門寺千秋が特定の学生に付きっきりだなんて、文字通り一世一代の事件だ。そもそも松門寺はただの事業主で、学校に入り浸るような立場の役人じゃない」 「事業って?あいつ一体何者なんだよ」 「蟻んこの俺は何で変身した?」 「…血?」 浦が頷いた。 「そう、俺達には食料として人間の血が必要だ。松門寺家は人間の血を調達する事業を政府から支援を受けて始めた。政府御用達の人間狩りってこと。今や松門寺は防衛省直属顧問に任命されて、防衛大は隊員の食料を松門寺の供給に依存している。松門寺はこの大学の生徒の生死を握っているわけだ」 「…想像以上のVIPだな」 浦の部屋には見覚えのあるロゴのついた洋服がそこかしこに掛けてあった。 「まあ、松門寺の人気はそれだけが理由じゃない。父親が事業を譲るまでは俳優業やら文筆業やらをやっていたせいもある」 「俳優ね…こっちでもそういう娯楽があるってこと?」 「ここを何だと思ってんだ。この学校じゃあ確かにお目にかかるのは難しいけど、街に出たら人間界よりも栄えてる」 誇らしげな浦は俺に立派な装丁の本を手渡した。 それは小説のようで、著者は松門寺千秋。 「あいつが小説家!?」 「松門寺は獣医になったり指揮者になったり…一人で年表が巻物みたいに書ける男だよ」 「それは流石に盛ってない?」 浦はうんざりした顔で首を振ると、小さなキッチンで湯を沸かし始めた。 「長生きすると趣味も職業も増える。人間にはわからない感覚だろうけど」 浦の本棚には他にも松門寺の名前の書かれた本がちらほらある。 あるものは新書、あるものは小説、あるものは入門書、あるものは写真集。 それを手に取って開けば、赤い目がこちらを見据えてつまらなそうに構えている。 そういえば、こいつは気がつけば本を読んでいたし、休憩なんて取っているところを見たことがない。少しでも間があれば腕組みをして考え込んでいるようだった。 それをそのまま写真にとられて、何の格好つけもしないでいる。 「なんというか…綺麗だな。かっこいいとか好きとか、何万回も言われたんだろうな」 俺には縁のない言葉ですけど。 「お前もそいつが好きか?」 まさか。と言おうとしたが、好きや嫌いなどと考える暇もないくらい強引な奴だったし、俺もそれくらい強引に話を丸め込んだ。 「どうだろう。凄い気分屋で口も性格も悪くて、こんな見た目だけどガキっぽくて怒りっぽいって思ってた。でも多分それ以上に言うべきことがあるんだろうな」 あいつの年表を鼻で笑えるような生き方をしてこなかった自信だけが強固になった。 「松門寺が?…そんな風に見えたことはなかったな。ていうか、そうやって人間性を説明できるほどあの人と話したり一緒にいたりすることもなかったし。あの人、人嫌いっていうか。 人を遠ざけるだろ」
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