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「ようこそお越しくださいました。
高砂颯喜様、こちらへ」
高い。
天井が高い。ここは教会かと疑った。
「えっとー…、ここはどこでしょうか」
どう見間違えても、二人部屋の寮に帰ってきたとは思えない。
「騙すようなことをして、申し訳ございません。しかし坊ちゃんはどうしてもの一点張りでして…。」
体育館より広い大理石の床と、天井から落ちてきそうなほど大きいシャンデリア。
遠くで動いているのは多分ここの使用人で、せかせかと何かを用意している。
「貴方様を当家へ連れてくるようにとの御命令です。お前達、颯喜様を例の部屋へお連れしなさい」
竹内の命に従って、また屈強なスーツの男達に取り押さえられてしまう。
竹内は手を振って満面の笑みである。
「竹内さん!?ちょっと!話が違うじゃないですか!離してくださいよ!」
長い長い回廊へと引きづり込まれ、入り口からどんどん遠ざかっていく。
竹内は眼鏡を拭き始め、こちらの声など気にも止めないようだった。
「こちらでございます」
連れてこられたのは、広いダンスホールかと思ったが…
「衣装部屋でございます。こちらでお着替えください。どれも颯喜様のためにご用意いたしました」
よく見れば、スーツに限らず、燕尾服、派手な色のフリルのついたシャツなど、一生着ることのないはずのものがずらりと並べられている。
「これだけあって俺専用ってことはないでしょう?どうせあの坊ちゃんの余り物とか…」
「いえ、全て仕入れたての新品でございます」
答えたのは、いつのまにか隣に立っていた竹内だ。
「え?いつからここにいたんですか?瞬間移動!?」
「全部で1000着以上ございます。坊ちゃんは出来るだけ颯喜様のご要望に見合う物をと、20代の男性に人気の服飾店全ての最高級品を取り揃え、全ての製品は颯喜様のサイズに合わせております」
「20代に人気の服飾店なんて言われてもそもそも服なんて滅多に買わないしブランドもわからないし…こんなにあっても選べないというか」
「そんなこともあろうかと、スタイリストも控えております。色、形、今の気分などから最適なものをご用意致します。アクセサリーや靴も、お好きな物をどうぞ」
途方に暮れるような広さの部屋と、それを埋め尽くさんばかりの服。
輝く宝石、指輪、ブランドのロゴ。
「……なんでもいいからどうにかしてください」
帰りたいといっても帰れないのだろう。
この部屋まで引きずられている間にも何回も角を曲がり、道も覚えられていない。
ここまで来ると、どうにでもなれと思う境地に達した。
「お前達、始めなさい」
「「かしこまりました」」
「颯喜様、紺、赤、白がございます」
「あ、赤はちょっと…白もどうかなぁ」
「どれもお似合いです」
「レースやフリルはお好みですか?」
「うーんそれはなしの方が…」
「お好きな化粧水は」
「使ったことないです…」
「香水は」
「香水…?」
何を聞かれてもわからない!
「もう全部お任せします!」
「「「かしこまりました」」」
「…」
たくさんの返事が返ってきてももう驚かない。
気がつけば触ったことのない素材でできたスーツを着せられ、切りっぱなしの髪は整髪剤で整えられ、眉毛や手の指の産毛も剃られ、化粧水、ファンデーションという粉まではたかれ、しまいには何かの花の香りがする香水を手首に振り掛けられていた。
「颯喜様、こちらへ」
「…今度こそ終わりました?」
いろいろ弄られてヘトヘトになっているところに、もう見慣れた顔が立っていた。
「…これは」
竹内はそう言って数秒固まった。
いくら待っても何も言わない。
「あのー何か…やっぱりこんなの似合わないっすよね、ちょっとやり過ぎだと思ってはいたんですけど…」
急に自分が初めてワックスをつけた中学生のように感じられて、どこかに逃げて隠れてしまいたくなった。こんなに沢山高い物を使ってどれだけ着飾ったとて、松門寺千秋のように俳優顔負けのビジュアルには到底なれない。
それどころか、それに仕える竹内でさえ眩しいのだから、彼らからしたら俺は山で草刈りをして帰ってきた坊主だ。
竹内は俺をまだじっとりとした目で見ている。
「あのー…もう帰りたいんですが、坊ちゃんは俺の話を聞いてはくれないんですかね」
早くも大晦日の日が暮れそうだ。
「…失礼、少々お待ちいただけますか」
竹内はそう言い残して早々に衣装部屋から消えてしまった。
似合わないから帰れとでもはっきり言ってくれれば、手を尽くされても結果にならないこんな俺の惨めな気持ちも多少笑い飛ばせるだろうに。
竹内が戻り、微笑を浮かべた。
「颯喜様、お疲れのところ大変申し訳ないのですが…」
竹内は再び俺を別室へ連れ出した。
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