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会場は、想像の3倍は広かった。
遠くにステージのようなものがあるが、誰が立っているのかよく見えないほど遠い。
「有り得ねーデカさだな」
天井には、またまた落ちてきたら確実に死ぬシャンデリアがいくつも。
部屋の隅に楽器隊がいて、穏やかな弦楽器の音色で心地よい。
高い天井は吹き抜けで、高くて大きい窓は星と月で輝く夜空をやけに荘厳に映し出している。
部屋の至る所に豪華なフラワーアートが飾られ、真っ白な大理石の床に反射して輝く。
見る壁や柱の一つ一つが彫刻作品のようで、
その装飾は西洋で名高い宮殿のそれとなんら変わりない。
来客数は数百といったところか。
ステージを見る形で、ホールにはパーティードレスを着た女性や華やかなスーツの男性達がいくつかのテーブルを囲んでおしゃべりしていた。
ただぼんやりと食って飲んでしてる奴はいないみたいだ。
ああやって誰かと会話しないといけないのか…?
「旦那様、お飲み物をどうぞ」
「ああ、…どうも」
立ち尽くしていれば、ボーイがグラスを運んできてくれる。
テーブルには美味しそうなオードブルがバイキング形式で置かれている。
スイーツももれなく楽しめそうだ。
さて、とりあえず飯でも食べてしまおうか…
皿を取り、料理を選ぼうとすると、
声をかけられた。
「ご機嫌よう」
「へっ?」
あまりに聞きなれない言葉に耳を疑った。
「私、松風グループの副代表をやっております」
いきなり名刺を渡される。
挨拶を返すより前に、別の貴族が続々とやってくる。一つ一つ返答していたら、料理を口に入れる暇がない。
「あら、こちらの方はどなた?」
「初めてお会いするわね。お名前は?」
「お父様のお仕事は…」
「松風とは何年前からご契約を?」
「よろしければご一緒しません?」
気づけば、貴族の波に飲まれていた。
俺はタイムセール品じゃない、と叫びたくなるくらいの盛況ぶりだ。
「あの、えー、皆さんすみませんね。
俺はただの一般人で…どっかの社長とかじゃないんで!」
「新しいお客様?」
「特別優待席に招かれたのですね?そうでしょう!代表とはどのようなご関係で」
「特別優待席!?あなたが!」
「これ、受け取ってくださる?」
「名刺をいただけないかしら」
「千秋楽はあなたに決まりね」
「お願い、私にカードを!」
さっきから何の話をしているんだこの人らは!
俺に押し付けられる名刺のようなカードが散乱し、わあわあと押し寄せる人。
「ちょっ、待って、潰れるっ、誰かっ」
パンパン、と手を叩く音がする。
「お姉さま方!」
その声に、まあ、と人だかりが声を上げた。
「カレン様!」
人だかりはさっと道をつくった。
その先にいたのは、さっき会ったばかりの女の子だ。
「君は…さっきの」
カレン、というのはその子の名前のようだ。
カレンはため息をついて、大人びた口調で俺に話しかける。
「全く、王子様みたいな見た目のくせに情けないこと。
お姉さま方のご好意にも応えられないだなんて」
カレンはかつかつと俺の前に歩み寄り、生意気に怒った顔を見せる。
「カレン様、助かったよ…ありがとう」
「いいの、借りは返してもらうから」
カレンは振り向き、民衆に呼びかけた。
「お姉さま方、申し訳ございません。
彼は初めての出席でまだルールも知らないようだから…お手柔らかにお願いいたしますわ」
カレンが言うと、お姉さま方はふふふと笑う。
「なんて可愛らしいこと」
「カレン様が言うなら、仕方ないわね」
一旦人だかりが散り、ようやく一息ついた。
「一体何なんだここの貴族は…
君達のコミュニケーションってこういうもんなの?」
カレンはスタスタと歩き始める。
「ああ、カレン様!もう行っちゃう?俺一人だと不安なんだけど…」
カレンはツンとした顔で俺を見た。
「何大人気ないこと言ってるの?仕方ない人」
カレンは俺の手を取り、何やら袖のあたりを手で触った。
「くすぐったいよ」
「…やっぱりね、あなたって変だと思ってた」
「やっぱり変だと思ってたんじゃないか!」
カレンは悪びれず腕を組み仁王立ちした。
「あなたはこんなところで油を売ってる場合じゃない。あなたの居るべき場所はずっと遠くにあるの」
「ここじゃないのか?だけどこの中に入ればいいって竹内さんが…」
ふ、とカレンが笑う。
「ああ、竹内さん。きっとあなたが困るのを楽しんで見てるんじゃない?新しいおもちゃをもらって嬉しいのよ」
「酷い言われようだな」
カレンは得意げに俺を見上げた。
「こっち。案内してあげるからついてきて」
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