3章 這い寄る漆黒

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3章 這い寄る漆黒

朝田が梅香に詰め寄られている頃、七海はサークル棟に向かっていた。 サークル棟は名前の通り、サークルの部室を詰め込んだ建物だ。最近建て替えられた本校舎や講堂に比べるとかなり古いが、学生たちの最後の砦として愛されている。 七海は2階の通路を進み、「古書研究会」と書かれた木看板がかけられた部室に入っていく。 「お疲れ様でーす」 明るい声とともに七海はドアを開ける。 「あ、七海くん。今日は学校にやってきてたんだね~」 大量の本の山から声がする。 「秋穂さん、お久しぶりです」 本の山を少しずらしながら、秋穂は手を振る。 「古書研も部員は七海くん入れて3人しかいないからね、あんまり幽霊部員していたら来年には消えちゃうよ」 秋穂はヘッドホンを外しながら立ち上がる。本の山が少し崩れるが、それを気にする様子はなかった。 「まぁ、いざとなったら部員を10人くらい増やしますよ」 七海は部室の冷蔵庫を開けながら言う。 「今年もなんとかなりましたしね」 この大学ではサークルとして認められる人数は5名以上とされている。新歓をする気もなく毎日のように部室で読書をする古書研にサークル棟を管理する自治委員会は部室明け渡しを求めてきた。 「あの時の自治会の人、すごい剣幕でしたね」 「我が人生これまでか、って覚悟したものよ。別にサークルなんてどうでもいいんだけど、部室を失うと七海くんと会えなくなっちゃうからね」 秋穂は泣きそうな顔をする。 「またまた~、本心は?」 「この大量の本をお家に持って帰るの面倒だなぁ、って」 秋穂の言葉に七海は満足そうに笑った。 「でも、あの時なんで見逃してくれたんだろう?七海くんが連れてきた人たちってどう見ても数合わせだったし」 「さぁ、僕らのことを哀れだと思ってくれたんじゃないですか?」 七海は秋穂にお茶を渡す。 あの時、自治会員たちはかなり強情だった。自分たちが正義と思っているのだろう、人数を揃えても認められないと口々に騒いだ。 だから七海は、彼らの中の数名の秘密を使って脅迫めいたことを行った。効果はてきめんで、次の日にはサークルとしての継続許可が決まった。 「七海くん、あの時なにかやったでしょ?」 秋穂は真剣な顔をしていた。 七海は一瞬声に詰まるが、すぐに笑顔を作る。 「僕が何か出来るわけないでしょう?  秋穂先輩の人徳ですよ」 「まぁ、私はここで読書できればいいんだけどね~」 すぐにいつもの秋穂に戻る。 七海は部室と秋穂の雰囲気が気に入っていた。秋穂は七海に干渉してこない、それがとても好ましく思えていた。 「あ、そういえば七海くんと仲良しの『あさだよ君』」 「朝田?」 秋穂に対してはよく朝田の話をするが、秋穂から朝田の話が出ることはなかったので七海は少し驚いてしまう。 「眠り姫ちゃんと歩いているのを見たよ」 七海は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。 朝田は人には関わらないが、基本的に押しに弱い。頼まれごとはほとんど引き受けてしまう。近付くなという言葉くらいでは足りなかったか。 七海は通り魔を探していた。すでに怪しい人物は見つかっている。だが、花純は七海にとって、もしかすると通り魔よりも不気味な存在だった。 「秋穂さん、それっていつですか?」 「んー? 1時間前くらいかなぁ」 その言葉を聞いた七海はスマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。 ~~~~~ 朝田は答えに迷っていた。 梅香は朝田が妖怪であると確信を持っているようだ。やはり、花純は羊男の姿を見ていたのだろう。身体が消えてしまった後も、その場にいたのかも知れない。そうなると朝田が変身を解いたところも見ていたのだろう。迂闊だった。 「言いたくないならいいのよ、花純に聞くから」 梅香はつまらなそうに言う。 「いや、言いたくないというか」 朝田は今まで自分から正体を明かしたことはない。だからこそ朝田には何と説明していいかが分からなかった。 「朝田先輩、無理には言わなくて大丈夫ですよ」 外から花純が心配そうに声をかける。二人はちゃんと正体を話してくれたのだから、こちらも話さなければ申し訳ないような気がする。 「僕は、妖怪――」 朝田が言いかけたところで、スマートフォンが鳴った。 「ちょっと、病室のなかではマナーモードよ」 梅香が至極まともなことを言う。 「す、すいません」 あわててマナーモードにしてから、着信相手を見る。 「七海?」 「ちょっと電話をしてきても大丈夫ですか?」 「何ならここでもいいわよ、ここは花純の個室なんだから」 梅香はどうしても、朝田を逃がしたくないようだ。 仕方なく朝田は、その場で電話に出る。 「どうした、七海」 「朝田、無事?」 七海は口早に尋ねてくる。 いつもの飄々とした感じではないことに朝田は違和感を覚える。 「ああ、何かあったのか?」 「いや、無事ならいいんだよ。  眠り姫さんも一緒なんだよね?」 落ち着きを取り戻したのか、いつもの七海に戻る。 「あ、ああ、何で知っているんだ?  黒木さんのお姉さんも一緒だよ」 電話口の七海が一瞬黙る。 「えっと、結婚のご挨拶?」 七海は冗談のつもりだろうが、聞き耳を立てていた梅香が明らかに殺気を発し出したのを朝田は感じていた。
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