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手足がまるで鉛が詰まってるみたいに重い。
1歩踏み出すのもやっとで、疲労感に襲われる。
この状態になった俺はもう自分でもどうにもできない。彼もそれを知っていて、携帯でタクシーを呼んでくれた。
「タクシーすぐ近くにいる。コンビニ行く?飲み物。」
「ん。」
喉が痛くて潤したかった俺は頷く。
彼の声はいつもより低くて平坦で、違う人みたいだ。
「まってて、」
俺は口を開けて、そのまま閉じた。
喉の筋肉が声を出すのを嫌がってる。
1度閉じたら口の筋肉まで力が入らずに動かなくなって、何も喋れなくなった。
そのまま目の前のコンビニに入っていく彼を見ながらまた全部どうでも良くなってきた。
「あー、あ。」
涼しくなった風が肌に当たって廃れた心が穏やかになる。試しに出してみた声は思ったよりも軽くて、自分でも驚いた。
まだ空は薄暗くなっているだけで、完全に日は沈んでないようだ。遠くの空に赤色の破片が見えている。
「ほら、」
差し出されたペットボトルをなんの反応もなく受け取る。冷たい液体が喉を通ってきもちいい。
タクシーの中、お互いに何も話さなかった。
家について、親が彼に礼を言ったが、項垂れた頭を上げることができず俺は何も言わずに2階に上がる。
後ろの方で母親が何か言ってるのが聞こえたが
何もできないんだからしょうがない。
今すぐベットに体を放り投げたい。
お礼は後で言うから、心の中でそう呟いてそのまま部屋のベッドに飛び込み、ぐったりと目をつぶる。
体がふわふわする。あったかい。
もぞもぞと動こうとすると何かに包まれていて身動きができなかった。
「おはよ。」
首と肩に温かい息がかかる。
あれ、俺家に帰ってきてなかった?なんでいんの?居ないはずの彼の体温が背中越しに伝わってきて心地いい。
「お前人間カイロだね。あったかい。」
後ろから身体を抱きしめられ、首元に顔が埋められている。くすぐったくて身じろきをした。
「どした?」
「くすぐったい」
「ん〜?」
フハッと笑い声が漏れる。
「俺首元弱いんだけど、」
「初めて聞いた」
1度意識がそこにいくと、どうしてか気になってむずむずする。
「だから、喋んなって笑」
喉から出た声色が丸くなっている。気分も落ち着いていて、寝てる間に大分回復したようだ。彼の髪の毛が当たるのもたまらなくなって肩を首元にぎゅっと近づける。
「そんなに?」
彼の渇いた笑い声が聞こえる。
つられて俺が笑うとお腹で結ばれていた彼の両手がキツく結びなおされる。
ぎゅーっと力を込められて苦しい。
「おい、俺を殺す気か?」
「ん〜?」
何お前喋れなくなったの?肘で彼を軽くつつくとまた潰されそうになり抵抗する。
苦しい苦しい、俺は笑いが止まらなくなって体を小刻みに震わした。
「なんでここにいんの?」
「んー、ハニーと離れたくなかったから」
なんだかこそばゆくて、また笑いが止まらなくなった。今度は彼がつられて、軽い笑い声が後ろからふってくる。
笑い声が聞こえて、愛おしく感じて、彼の手を上から強く抑えた。体がピッタリとくっついて、彼から漂うシャンプーの匂いが俺を安心させた。
同時に心臓が切なく縮まって、なんとなく泣きたい気持ちになった。
空気感が昔を思い出させる。
俺がお前に溺れる前はもっと、
「こんな感じだったよな。」
「・・何が?」
狡いやつ、分かってんのに聞くなよ。
伝わっている彼の温もりが冷めていく。
「女関係のトラブルとかもゲラゲラ笑いながら聞けて、お前バカじゃんって言い合ってさ、一緒にいるだけで、、」
空気が柔らかくて、
勝手に口角が上がってた。
「今もだろ、別に。」
なわけねぇだろ、全然、全然ちがうよ。
いつからこんなんなっちゃった?
俺が好きになってから?
いや、その時もこんな風に笑い合えてたよ。
付き合って、ちょっとして。
俺がわがままになってからだね。
最近は、お前と笑い合いたいっていう気持ちよりも、お前に苦しんで欲しいって思うようになっちゃった。
俺は全部が欲しいんだよ、お前の。でもお前はそうじゃない。好きなのに別れるって、意味わかんねぇ。恋愛ラブソングの歌詞を聞いて俺は心の中で馬鹿にしてた。でも、今なら分かる。
「なぁ、別れよう。俺たち」
鼻がツンとして、出した声は震えていた。
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