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一方通行
彼との朝は下駄箱ではじまる。
「おはよ。」
心地いい低音につられ振り返ると気だるげな顔がこちらを覗いていた。朝のチャイムがなる15分前。
「ん。」
いつも軽く挨拶をして、無言で3階まで登っていく。
毎朝ここで、約束したわけじゃないけど偶然重なってそこから俺が合わせてる。
「ねむい」
「AVの見すぎじゃね?」
「・・・しね。」
だいたいギリギリでくる生徒が多いから、この時間帯は人が少ない。静かな朝と彼を堪能するのが俺のルーティン。
残念ながら平々凡々な俺には朝から彼を楽しませるほどの話題を持ち合わせていない。
そのため彼にとってはクソほどにもつまらない時間が流れる。
「時間なくてさ、めっちゃ邪魔。」
鬱陶しそうに前髪を触る彼。
普段センター分けされている前髪は、すとん、目前に無遠慮に落ちていて視界を邪魔していた。
「髪伸びたな、」
「んー、伸ばしてんだよなぁ。」
髪のボリュームが少ない分頭の小ささが強調されている。長い前髪からは切れ長の目がうっすら見えていて、色っぽいな、と思った。
「いやん、そんな視線ここで送られても困っちゃうなぁ」
「顔ちいせぇ。」
おまけに背も高いから、なんだかゲームのキャラクターみたい。
「落ち込まないでハニー、そのままでも十分かわいいよ。」
ちかいちかい。
鼻がぶつかるくらい近づいてきて思わず顔を引きそうになった。
俺の反応をからかうように彼の目が細められる。
「・・なに。」
ちなみに俺は負けず嫌いだ。
平々凡々だけど、プライドはエベレスト並に高い。だから寄ってきた顔からは意地でも逃げたくないし、目線だって先に逸らさねぇよ? 絶対。
「ハニーじゃねぇし。落ち込んでねぇって、」
いつも通り平静を装おうとしていると後ろから誰かが登ってくる音が聞こえてきた。
こんな近いの不自然じゃね?と思うが自意識過剰。女たらしで有名な彼、ちょっと男と近くても何も思わないだろう、
まさか恋人なんてね。
何となく萎えて気持ちが冷める、
「くせぇからどけ。」
追い討ちをかけるように、彼から甘い匂いが漂ってきた。何ともまぁ、酔いそうな匂いだ。
思わず吐いてしまいそうな、甘ったるい。
「その香水選ぶとか頭イカれた?」
「あー、ねーちゃんの友達がさ、昨日なんだけど、匂う?」
でしょーね、
あからさまな女の匂いに顔をしかめる。
面倒くさそうに溜息をつく彼。
溜息も色っぽいなぁ、なんて、そんなことを一瞬でも思った自分を殴り飛ばしたい。
その溜め息はどんな意味合いで??
「まじで、無理やりさ?」
分かるだろ?と形のいい眉を釣り上げる彼、
頭は自動的に言葉を往復する。
無理やり、ねぇ?
下腹に溜まっているドス黒い物が重みを増していく。無理やりって、どんな感じ?どんな風に香水をつけられるわけ?てか、ねぇちゃんの友達ってどこのどちら様だよ。
イラッとして口を開くが男が嫉妬して騒ぐなんてキモすぎる。だからせめて嫌味を込めて
「甘い、似合ってるよ。」
そうそう、お似合いだよ。
その香水つけてくれた子と。
これが匂わせってやつ?
いや、ほんとに匂ってきてんだけどさ。
くっせぇな。
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