保健室

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保健室

眠くて瞼が自然に落ちてくる。 保健室のベットに倒れ込むと頭と目の辺りがどんと重くなった。 「仮病は1回までだからねぇ〜」 やる気のなさそうな先生の声を受け流す。 鉛みたいな体に冷たい布団が気持ちいい。ふわふわのベットから柔軟剤の香りが漂ってきて心が休まる。 「・・あい。」 適当に返事をして布団の中に潜る。 靴下を脱いで冷たい端の部分をたぐりよせた。 「パス!パス!」 「そっちじゃねぇってー!」 意識を休ませていると、開いた窓から賑やかな声が聞こえてくる。なんて耳障りなんだ。 彼の得意なサッカー。今頃ヒーロー気取りなんだろう。モヤッとした感情に支配されそうで思わず両手で頭を抱え込む。 あいつは言った。 女はめんどくさいと。俺といる方が心地いい、だから付き合ったと。 あいつはそういう奴、なんでも適当。 こっちの気持ちなんか考えてないだろうな。 俺がどれだけお前にハマっちゃったのか分かってんの? 「あー、やめてぇ。」 いろいろ、全部辞めたい。 最近の自分はどんどん抑えが効かなくなってる。 振られてきた女達と同じになっていく。形が、バランスが、崩れていく。 最初は彼と居れるだけで。 それから、俺を優先して欲しい。 その後は、俺だけを。 その感情に気づいた時にはもう遅かった。 俺は感染してしまったのだ、彼というウイルスに。俺にはあいつだけなのに、あいつの中に俺以外がいることが、悔しくて、許せない。 なんで俺だけハマってんの?依存しちゃってんの? 同じようにハマれよ、俺に。 女と付き合っていたという事実が、 さっきの出来事を『あいつは俺に興奮しない』という事実まで鋭く磨き上げて心臓を突き刺す。 悔しくて苦しくて、ドス黒い感情が止められない。 俺だけが1日中お前のことを考えてる。 どうやったら俺で苦しんでくれんの、俺のために泣いてくれんの? 荒れた悲しみが重苦しい無気力に変わっていく。 体がどんどん沈んでいく感じ、ベットに押し付けられて指先さえも動かせない。 外から聞こえてくる楽しそうな声が恨めしい。 全員呪ってやるぞ。 特にあいつ、転べ。転んじまえ。 俺が必死に念を込めていると保健室のドアが開いて、ハハッと掠れた笑い声が聞こえてきた。 「仮病?」 え、何。ほんとに転んだ? ダッッッッサ!!!ざまぁねぇな!! そんなわけないが、憂さ晴らしに心の中で盛大に笑ってやる。ドアが閉まる音が聞こえると、彼の足音がベッドに近づいてきて、止まった。俺は寝たフリをして布団に潜ったままじっとする。 それから、そのまま。 突っ立って、なにしてんの。 気になって様子を見たくなるが、変なプライドが邪魔して俺を止める。 「寝てんの?なぁ、」 彼はおそらく遠慮という言葉を知らないのだろう。布団を剥がそうと掴みかかってきた。 ぐいぐいと容赦なしに引っ張ってくるので、何故か俺も必死の思いで抵抗する。ふて寝がバレてるのは確定だろうが、この布団を取られる訳にはいかない。 「なんなのお前、引っ張んな!」 声を荒らげても彼は楽しそうに ハハッと笑うだけだ。まじで分かんねぇな、小学生かよお前は。 「すねちゃったの?ん?」 彼は諦めたのか、手を離しまるで小さい子どもをあやすように頭の部分を布団の上から撫でてきた。 「出ておいで、ぎゅーしてあげるから」 「いらねぇよ。」 たまったもんじゃねぇわ。 なんでてめぇのハグで機嫌治ると思ってんだ。 何が面白かったのか、どん底の気分をよそに彼はまた渇いた笑い声を上げる。
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