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きっかけ
入学式、彼はまだ中学生の面影が残る俺らとは違って指定の地味なブレザーではなくボルドーのニットを着ており教師から怒られていた。胸元の3つ開いたボタンからは、程よく焼けた褐色の肌が覗いていていて、俺は思わず目を逸らした。
高校生だから、オシャレしたくなるよな。
なんて、
そんな同情なんて、抱けないほどに彼が立っているステージは俺らよりも上だった。
クラスが違っても、部活は同じだったから嫌でも彼を毎日見るはめになる。
時々、赤色の派手なオープンカーが学校の前に止まって彼を乗せていった。学校に身につけてくるものや私服も高いブランドが多かったため、『彼は年上女のヒモだ。』という噂が学年中に事実として浸透しだした。
ちょうどそのくらいの時、俺らは2年生になった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「初めて話せた!!!え、めちゃいい匂いしたくない?!」
「それな!? 緊張やばい、私変なこと言ってないかな笑 」
おねぇさん達さ、もう分かったから。
彼の魅力は十分伝わったから、俺の昼寝を邪魔しないでくれ。
彼と話した女子が毎日のように教室の後ろで盛り上がる。1番後ろの席の俺は、彼女らのうるさい声の被害者と化した。
「だる、、」
毎日、毎回、睡眠を遮る甲高い声に限界を感じていた俺は昼飯をもってイライラしながら教室をでる。
「これで部室開いてなかったら死のうかな」
朝練の後、鍵は基本的にコーチが閉めることになっている。取りにいくのもだりぃし、あの人適当だから開けっ放しでしょ、
そんな希望を持って残り20分切った睡眠時間のために部室に急いだ。
忘れ物を取りに行く振りをしてさも当然かのように先生の横を通り過ぎ、部室の錆びた重い扉に手をかける。
空いてますように、俺の昼寝への熱い思いが届いたのか、ぎぃぎぃと音を立てながら扉が開いた。
「っしゃ、ビンゴ。」
安心安全な睡眠確保ができた俺が喜びに浸る俺。
奥から掠れた笑い声が聞こえてきた。この独特の声質、笑い方は1人しかいない。
彼がいる。
「何してんのよ、」
話しかけられた、最悪。
つーか、何で居んのよ、
俺は彼の持つ雰囲気が苦手だ。
眉毛と口の片方だけをあげて笑う、あの乾いた笑みも苦手。部活でもほとんど話したことがないため普通に気まづい。
言葉が出てこなくて、俺は絞り出すように話しはじめた。
「あー…、昼寝、…思って…」
日本語大丈夫か俺。
喉がカラカラになって、出した声は震えてるような気がした。
緊張って、自分をよく見せたいからじゃん。
さっきのうるさい女達を思い出す。
緊張なんかしてどうすんだよ、彼は君らのことなんてもう忘れてるけどな。自意識過剰かよだっせえ。
まるで自分が言い聞かされてるみたいに、頭の中で記憶が反復する。君らと彼は違うよ。
俺と彼も、 違うだろ。
なぁ、分かってんの?
俺は彼の座っている奥へと足を進めて、前で立ち止まる。こちらを見上げている彼。180超えている彼が小さく感じるのは足が長いからだろうか、頭もちっさい。
羨ましいな、そんなことを思った。
「逃げてきた。クラスの女子がうるせぇの」
「意外に毒吐くのねお前」
「そう?ちなみにお前のせいだけど、どうする?」
彼は気分が良さそうだ。
俺も調子が良いみたい。声にリズムが乗る。
「こわいなぁ、謝っとこ。」
彼は自分の横をポンポンと叩く。
座れって?
「あいつら外で飯食うとか言ってさ。」
クラス替えから1週間ちょい、彼はクラスにまだ馴染めずに1年の時絡んでいた仲間と昼を共にしている。俺が隣に座ると、満足そうに微笑みながらこちらを覗く。
「ここ、いつも?」
「今日からここで昼寝デビュー」
「デビューすんの?応援してやるよ。
鍵、持ってないだろ?」
彼は自慢げに鍵を俺の前で回す。
「これから俺が鍵閉めらしいよ。キャプテンだからさ」
「まじ?おつかれ」
「あいつ、ぜってぇめんどいだけだよな。」
応援してやるって、どうゆう意味?
頭は言葉の解釈で忙しい。ボッーとしてると思われたのか、眠いの?と聞いてくる。
あぁ、昼寝しに来たんだもんな、
笑いながら続ける。
俺何も言ってないけど?
今眠くねぇし、お前への理解が追いついてないだけ。
「明日から来なよ、鍵開けといてやるって。」
彼はもう一度軽く笑うと手に持っていたパンを食べ始めた。
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