きっかけ

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「落ち込むなよ。」 「うるせぇ。」 授業に向かう彼の後を屍のように歩く。 俺は所構わず発情するような変態ではない、弁解させてくれ。 言い訳を頭の中で流暢に並べながらも俺の口からは一向に言葉が出てこない。まぁ弁解する余地すらねぇけど、だって俺は所構わず発情するような変態。 「部室から出るのが見えてさ、驚かせようとおもったら、まさかねっ!」 「・・・勘弁してくれ。」 思わず出た自分の言葉に吐き気がした。 勘弁してくれって、お前のセリフだよな、 親切心で部室を貸している奴がホモ野郎で男相手に自慰行為に勤しむ変態だったんだから。しかも部室の中、オカズはお前。 あぁー、やべ。 気分が底辺まで落ちて体が重い。 歩くのもだるくてその場でしゃがみこむ。 昔から感情の起伏が激しく体力を消耗しやすかった。しかも自分ではコントロールが出来ない、厄介な爆弾みたいなもん。 足音が付いて来なかったのを不思議に思ったのか彼が振り返る。そのまま俺のところに戻ってきて目線を合わせるように座り込んだ。 彼が俺の頭を下から覗き込むように首を傾げると柑橘系の香水が鼻に流れた。 この匂い、好きかも。 お互い真顔で見つめ合う。 「ごめん。」 最初に沈黙を破ったのは彼だ。 ヘラヘラしてない顔初めてみたかも、似合ってねぇし。ごめんじゃねぇよ、何でお前が謝ってんの。 俺がごめんだろうが。 部室でお前をオカズにして興奮しちゃったって、 学校のトイレでイッちゃってごめんって、 口が裂けても言えねぇ。 力が入らなくて、全部がどうでもいい。 何で俺だけゲイなの、とか、 とっくの昔にどうでも良くなった悩みが蒸し返される。お前のせいだぞ、なんて被害妄想。 重くなった頭は重力に耐えきれず下に垂れ、彼との視線が解かれた。 あー何でこの波は急にくるかな、ちょっとした事で破裂してしまう俺。友達なんてつくれねぇし、だるくて壁を作ってしまう。 彼とのこの関係性を続けたかった。 浅くて、心地いい。 深入りしなかったら俺は傷つかない。 俺がさっき壊したんだけどさ。 ぽんぽん 頭に、手の重さがリズムを打った。 「よしよし。」 髪の毛が、くすぐったい力でとかされる。 なにしてんの??? 俯いた顔をそのままに地面に向かってクエスチョンマークを放つ。 表情筋こそ動いてないが、俺の頭は沢山の?で溢れかえっている。 ん?なにお前、 かわいそうな奴が好きだったりするわけ? 髪の毛を柔らかく弄り続ける彼。 こんなうぜぇ奴、俺だったら一蹴りくらい入れるけど、 まともに喋るようになって1ヶ月くらいの男に、甲斐甲斐しく世話するキャラなのお前は。 それとも俺を女と勘違いしてる?手慣れてそうだもんな。 そう思ったらなんか、いいや、って思ってしまった。女が許されるなら俺も許されてよ、そのまま俺のこと慰めて? 屈み込んでるのもきつくて地面に腰を下ろした。 「だるい?」 「ん。」 喉の奥から声が微かにでる。 彼は俺の髪をくるくるしながら続ける。 「おまえかわいいね。飼ってる犬みたい。」 せめて人間にしてくれ。 俯いたままなのを見て、俺の頭を優しく撫でながら彼は喋り続ける。 「顧問来てるっぽくね?車止まってる」 声、好きだな。甘くて、低くて落ち着く。 「もっと、」 「ん?」 彼がニッコリと顔を傾げる。 あー、その顔は犯罪。 最悪だ。もう、最悪。 ストンと胸に落ちた感情に泣きそうになる。 いつも片方しか上がらない口角は綺麗に弧を描いて白い歯を見せた。 「どうしたん、」 優しそうな爽やかな笑顔が彼の雰囲気とちぐはぐでソワソワする。 何でそれを今俺に見せるかな、 今までその笑顔で女を落としてきたんだろうな。 まさかその笑顔で男が落ちるなんて1ミリも思ってねぇだろ、殺してやろうか。 目線を絡ませても彼はニコニコこっちを見てくるだけだ、もっと、撫でて欲しい。 言葉で言うのもなんか違くて黙って頭を突き出す、彼はまた笑って撫でてくれた。 「甘えたちゃんだった?」 違うけど。なんか、そうゆう気分なんだよ今は。 どうにでもなれ、って自暴自棄。 心地いい風が爽やかな香りを運んでくる。 体がぽかぽかとあたたかい。目をつぶると彼の手つきが眠気を誘う。そのまま ぼっーーっと、 いいな。この感じ。 「また寝んの?」 「んー、きもちよい」 犬じゃん。そう言って鼻で笑いながら、手つきは優しい。 風が吹いて彼の綺麗な顔が顕になる。 こんな至近距離で見れるなんてクラスの女子に一生自慢出来るな、切れ長なのに黒目の所だけ縦に伸びていて猫みたいだ。 見つめられると不思議な気分になる。彼の顔のパーツ、笑い方とか声、全部が独特で、個性的。 これは責任取ってもらわねぇーと、って考えて、そんな未来なんて見えなくて、勝手に傷つく。 「俺の世話してくれんの。」 「えー、してほしい?」 「してよ。俺今絶賛飼い主探し中だから。」 「なにそれ笑」 既に飼い主がいる彼は余裕そうだ。俺気にしないよ?犬の犬でも、全然。餌さえ与えてくれれば。 ぽかぽか日が暖かくて、一緒に居ると調子が良くなるみたいだ。口角が自然にあがって気分がゆっくりと元に戻っていく。 「どーよ俺。1日1回の餌で十分だから、燃費いいよ」 調子が戻って、彼もノってきてくれる。くだらねぇけど2人目とも声を出して笑う。彼の綺麗な顔がクシャッと崩れて嬉しくなる。 「いいよ。ワンちゃんだよお前、俺犬派だもん。」 「わん。」 ハハッ、彼の笑い声が響く。 「衣食住は保証してくれよ。ちなみに俺の精神面も、」 「わがままだなぁ。」 そうだよ。俺ってそうゆうやつ。 1年ちょい経ったけど、わがまま増し増しだろ。 まだ完全には目覚めてない意識の中で1年前の記憶が走馬灯のように巡る。いつの間に意識を失ったのか彼は何故か隣のベットで寝息を立て、保健室の窓からはオレンジ色の光が差し込んでいた。 女と違って面倒くさくない?心地いい? それってフォローしなくてもいいからって意味? 適当に扱ってもほっとけば勝手に戻るから、つまり都合がいいってことだろ。 今日だって甘い香水をこれでもかと付けてきやがった。男に突っ込まない代わりに女にしてんだろどうせ。 気持ちよさそうに寝ている彼を睨みつける。 侮ったな。 お前は俺に甘すぎた、甘くしたお前が悪いよ。歴代の女どもみたいにお利口さんには別れてやらねぇから。 絶対に泣かせてやる、お互い傷つけ合おうよ。 立ち上がれないくらいに、 俺ってそうゆうやつ。 「覚悟しとけよ」
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