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彼 (prologue)
俺はまだ、恋愛依存症ではない。
好きな人のことしか考えられなくなって、時には自滅まで導いてしまう恐ろしい病気、それが恋愛。
感染源は人それぞれ。
何がきっかけになるか分からないから予防なんてものはないし、薬なんかもない。
そんな厄介な病気なのに学生の4人に1人がこのウイルスに感染してしまうらしい。
俺はいま、その恐ろしいウイルスに犯されようとしているのだ。
病原体は彼。
彼というのは目の前に座って飯を食べている男。髪は軽くウェーブがかかっており、形の綺麗な頭から四方八方に遠慮気味にセットされている。
海外の香水みたいな、ちょっとキツい匂いを漂わす目の前の男。肩幅が広いからシャツがキツいんだろう、胸元のボタンは空いており褐色の肌が覗いている。
運動もできて、適度に明るい、そして色っぽい男らしい顔をしている。
彼とはそういう男で、だから俺とは違う。
自分の見た目が残念だと言いたいわけではないが、彼の垢抜けた顔が並ぶと、
どうしたもんか、平均的な顔にはボヤがかかってしまう。
「ん?」
目の前のセットされた頭がふっと上がる。彼の低音が体に響いて心地いい。
「いや。」
1年ちょい前、2年の時のクラス替えで仲のいいメンバーと離れ離れになった彼は、たまたま俺と一緒にいることにしたらしい。
とても居心地が良かった。
気だるくて甘い雰囲気が、大人っぽくて好きだ。
こんな風になりたいという憧れからきたものかもしれない。俺は友達以上の気持ちを抱くようになってしまった。
あの肩に抱かれたらどんな感じなんだろう、
耳元で、低くて甘い声で囁かれたら、
俺はどうにか自分の感情がバレないよう必死だった。
そんな時
「付き合おうよ。俺ら、合うと思うんだよね。」
お前も俺のこと好きなんでしょ。
なんて。
そんな分かりきったこと聞かれてしまったもんだから。
あれから1年が経とうとしているが今だに『お付き合いしている』実感なんてものはない。
『合う』というフィーリングだけで彼は俺と付き合ってしまったのだ。いや、もっと大事なことを忘れている。
俺が『男』だということだ。
「お前といる時が1番心地いいっていうか、まぁ、とりあえず、 どう?」
俺は何かのお試しキャンペーンか?
ただ彼はお試しという割には長く、手軽という割には丁寧に俺を扱った。
彼の中でどんな答えが出たのかは知らないが、告白してくる女子を断っているところをみると、俺の方がまだハマっているのだろう。
ピッタリと、はまったんだろう。
綺麗に凹凸が重なって、俺はどんどん抜け出せない所まで来てしまった。
なのに、でも。
時が経つにつれ形が変わってそうしてはまらなくなっていく。
彼が変わるか、俺が変わるか。
彼の形が変わって、俺が正解じゃなくなったらその先に何がある?
甘い気持ちなんて抱く余裕はない。下腹にまとわりつくドロドロとしたもの、そんなものを溜め込んでいる。
24時間ずっと彼のことを考えて、思考が彼に占領されて、破裂しそうだ。
破裂して、ぐちゃぐちゃになって、機能しなくなる。
『彼』が俺の頭を犯して、
そうして俺は依存していくんだろう。
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