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後日、青年は依頼人に掃除が完了した旨を伝えた。依頼人の一家は掃除前と掃除後の写真を見比べて「おじいちゃんも綺麗にして喜んでもらえてるわねぇ」と、宣っていた。すると、依頼人の一家のうち、入り嫁と思しき女性が青年を労うように口を開いた。
「すいませんねぇ、あんな遠いところに行って貰って。あたしらが行くのも『面倒くさくて』あ、ごめんなさいね…… 気分を悪くしないで」
女性がそれを言う表情は嫌々そうなものであった。「面倒くさくて」と言うのは本音なのだろう。確かに陸の孤島にも等しいあのお墓に行くのは億劫だが、いくら業者とは言え、人に言うのはどうだろうか。青年は幽霊に失礼とは思いながらも、女性に対して「お里が知れる」と心の中で呟いてしまった。
「いえ…… とんでもないです」
「そうねぇ、うちの下の子が小学校六年生の時の夏休みが最後の墓参りで…… 今年新社会人だから十年お墓放ったらかしですもの。ふふふ」
「近頃はお盆もお忙しいですしね……」と、青年はフォローを入れた。しかし、女性は半笑い気味に返す。
「正直、旦那の本家の墓なんてどうでもいいのよ。夏休みはいつもあたしの本家の墓には行ってるわよ」
ちなみにだが、この女性の夫は仕事で今回は来ていない。こうでもなければこんな失礼な言葉が出てくるはずもない。どうやらこの家ではお盆の墓参りは嫁の家の墓参りを優先されているようだ。青年は「旦那の実家涙目やな」と、超音波を思わせる小声で呟いた。
「それでは…… こちら今回の見積もりとなっておりますのでお確かめ下さい」
青年は清掃料金の見積もりを女性に渡した。見積もりの料金を確認した彼女は「にっこり」と微笑んだ。
「あら、意外にお安いのね? 交通費含めてこの値段なら毎年頼んじゃおうかしら?」
毎年頼むつもりなのか…… 会社としては「常連客」となるために願ってもない話だ。しかし、あの幽霊のことを考えると青年にとっては受け入れかねることだった。
「……墓前に立ち、お子さんの成長などを報告してみてはいかがでしょうか?」
「あら、変わったこと言うのね。あなたならわかるでしょ? あそこ行くの面倒くさいのよ。本音を言うと墓じまいにして、納骨堂に骨壷預けて、後は全部お坊さんに任せたいんだけどね」
青年はそれを聞いた瞬間に「今回の掃除は最後まで出来なかった」と、諦めてしまった。もうこれ以上語る言葉はない。
「……代金のお支払いは受付、もしくは当社口座への振り込みでお願いします」
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