29人が本棚に入れています
本棚に追加
彼の髪は年々、色素が薄くなっているような気がする。
曰く、遺伝だそうなのだが、ロマンスグレーを待たず、そのうちすっかり銀髪になるのではないだろうか。きっとさぞかし似合いだろうと思ったりもする。
そんな事を考えながら猫を眼で追いかけていると、『渋川春海』という文字列が目に留まった。どこかで見た字面のような気がして、手に取ってぱらりと捲る。
長暦、渾天儀… 何と読むのだろう? 穂高は首を傾げながら更に捲る。渋川春海とは江戸時代の天文学者で囲碁棋士という概説から、挿絵に描かれた星図や模型図にすっかり見入っていると、ポケットでスマフォが震えた。
慌ててチェックすれば、彼からの連絡である。
元はといえば待合せをしていたのだ。それでなければ、穂高が市中の商店街に来ることもない。別件の用事から待合せまでの隙間に、物珍しさにつられて大学の近所をそぞろ歩いていたところ、うっかり猫に引っ掛かったのだ。
どうやら終業に目処が付きそうとのことで、急ぎ店名を思い出しながら返信する。大体の場所を追記しようとすると、今から向かうとの返事が来た。どうやら既知のようだ。
ほっと息を吐いて、穂高は手元の書籍に意識を戻す。旧仮名交じりの内容はほとんど古文書だが、その分、秘密が隠されているように見えて魅惑的だった。太陰暦、天動説のような知っている語句を拾っていると、ふと気配を感じて振り向けば、銀色の猫がこちらを見上げている。
綺麗な緑色の瞳がなにか、言いたげにも見えて、穂高は声に出さず「どうしたん?」と訊いてみる。すると、猫も声を出さずににゃあと鳴いた。
やはり、なにか、いいたいことが
「どうし」と、今度こそ声に出したところで、
最初のコメントを投稿しよう!