ばいばい、さんたまりあ

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 古本屋を出て、彼と夕食をすませてから帰宅した穂高は、リビングに落ち着いた。  祖父母から譲り受けたあと、水回りのリフォーム以外はあまり手を入れてはいないが、さすがにこの家に住んでいた中学生の頃とは様変わりしている。むしろ一年中暮らしている彼の家のようなもので、穂高としてはちっとも嫌ではないのだが、オフシーズン入りの頃はしばらくソワソワする。  きっと彼の匂いが濃いからだろう。  その彼は少し仕事が残っているとかで、元は蔵だった彼の部屋に籠もっている。穂高は、今年も農学部から届いたという柚子で作った柚子茶を手に、例の『宮沢賢治』を取り出した。  もう、あの古い紙のにおいがしない。  穂高はそろそろとページを捲る。ほとんど触った形跡のない新品同様に見えるその本の中程、確かに、 「あ」  あった。  現れたのは、写真が一枚。  綺麗な人だった。  どこか、学校… の室内、だろうか。  雑然とした書架や机が並ぶ中、生成のシャツの上に白衣を着た、ほっそりとした人の上半身が写っていたいた。手には資料やファイルを抱えている。その背後で翻る濃いベージュのカーテンも、学校の匂いがした。  現像されてからだいぶ時間が経っているようだ。少し変色している。フィルム撮影なのだろう、デジタル撮影とはニュアンスがまるで違って、モノの輪郭がふんわりしているように見えた。  しかし、その人の印象は鮮烈だった。  肩の辺りまで伸びた黒髪を無造作にまとめて、というか適当にクリップで留めている。細面も、白衣からのぞく華奢な腕も白磁のようだ。こちらを見ている瞳は凛として、眉間に力が入っている。  不意に掛けられた声に顔を上げたような。 「なに?」  と、今にも口走りそうな表情が。穂高はしばらくその写真に見入った。というよりも、目が逸らせず、ただその人を見ていた。  どれくらい見入っていただろうか。
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