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「うーーーん、俺の18000グラン、俺の金が……。」
エルシェットは傍らでうなされるフランツを困惑しながら見つめていた。
先ほどからフランツは顔をしかめてしきりに寝言を言っている。
大丈夫かしら、この人?
尋常ではない悪夢を見ているのは間違いない。どうにかして助けてあげられる方法はないだろうか?
フランツを助ける方法を考えていたエルシェットはふと、フランツの枕の下から何か瓶のような物が覗いているのに気付く。
恋人を起こさないように、そっと枕の下から瓶を抜き取る。
瓶は緑色で、香水瓶のような形をしていて、入り口が細く、底はダイヤの形をしている。中に入って入るのは何かの液体のようだ。
エルシェットは小瓶を頭上に掲げて、目を凝らす。
液体は透明で一見、水のようだ。蓋を開けて、匂いを嗅いでみると、そこからは百合のような濃密な甘い香りと、紛れもなく自分の匂いがした。
その匂いで色欲の権化とも呼ばれるセイレーンはこの液体が何なのか検討がついた。
「フランツったら、シャッテンさんに”夢の元”でも頼んだのね。」
そうひとりごちるとエルシェットは溜め息を吐く。
「もう、また、しょうもない物にお金を使うんだから。」
シャッテンとの付き合いはエルシェットの方が長く、客から依頼を受けたシャッテンが知人の”夢屋”から自然には見られない夢を買っているのはエルシェットも知っている事実だ。
夢は魔法薬と同様”夢屋”の主の秘術によって、様々な薬品や品物から造られるらしい。
この液体から自分の匂いがしたということは、大方、髪の毛が原料に使われているのだろう。
髪の毛はよく魔術でも術の媒体として使われる。
この甘やかな香りと併せて考えるに、フランツが見ている夢は恐らく―――。
少し考えてから、エルシェットは瓶の中身を一気に飲み干すと、フランツに口付けた。
しばらく唇を重ねてから、ゆっくりと離れると、エルシェットは申し訳なさそうに呟く。
「……私がサキュバスだったら夢の中に入り込んであなたを満たしてあげられるけど……。生憎、私はセイレーンだからね。」
まだ眉間に皺を寄せたままの恋人の頬を撫でながらエルシェットは言う。
「色欲の権化たる私の体を通せば、きっといい夢になるんじゃないかしら。」
ようやくフランツも静かになった。
世にも優しく怖ろしい捕食者は穏やかな笑みをたたえて、恋人を見つめる。
「おやすみなさい、フランツ―――。」
灯台の蒼い灯が部屋の中を巡り、二人の上に優しく降り注いだ。
―――THE END―――
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