第2話  トリチウム

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第2話  トリチウム

例の水の事について話しだすと少々長くなるのだが、時間がやや遡り、まだ僕が施設(孤児院)に居た頃の話である。兄弟同様の施設暮らしをしていた姉が、今の僕の養父母に引き取られる事になり、妬けを起した僕は、施設を抜け出して放浪してた時期の頃であった。施設を飛び出して見たものの、年端も行かない少年が一人で暮らせるほど世の中は甘くなかった。当然少々危ない世界へ足を突っ込む羽目になるのだが、偶然にも、僕を拾ってくれた人物は、それほどの悪党ではなかった事も運が良かった出来事かもしれない。国内有数の歓楽街に小さな店を構えている、どちらかと言えば大した事ができない本業詐欺師の店主はその時の僕にとっては救世主のような存在だった。 その店でモデル業や詐欺の片棒やら偽造書類の作成等々さまざまな雑多な業務を行いながら数ヶ月が過ぎ去った頃に、その事件が起きたのである。 ******************************************************* 警視庁公安課 安岡メモの概略 檄の所在を見つけ出した三芳家の関係者が、例の店に向かうと、同様な一行がすでにその店にいて小競り合いとなった。このとき、先行したグールプ中に当該者が居たらしく、事を荒立てないため、先行グループが一度引いた状況下、薫が檄を見つけてとびこんでいった。これを切欠に、二つのグループが乱入したので、店主が慌てて、地回りの用心棒を呼びつけた。そんな混乱の中、檄は薫が誘拐されそうだと勘違いして、二人で逃走した。用心棒たちと、二つのグループの乱闘により、店内の一部が破損し、暴力団抗争と勘違いした一部警察の威嚇発砲が引き金と推定されるショックで、当該者が心臓麻痺を起こしたと推定される。三芳家以外のグループが、何のため檄に接触を図ったかについては、当該の関係者への事情聴取が不可欠である。その際、当該者がゲッギーという言葉を数回しゃべっている事実が確認されている。これはその後、三芳の関係者からも確認された。小競り合いになった際、接触した状況では、相手グループも日本人で、武器等の所持は無かった模様であった。一応モンタージュを作成し、某大使館員と照合予定。 ******************************************************** 訳も分からず、咄嗟の判断で僕と同い年位の少女の手を握って店を飛び出し、歓楽街の路地裏を走り回った。薄暗い路地で追っての気配が無いことを確認してから僕たちは一息ついた。 「あなたが激君ね!」その少女はキョトンとしている僕の顔を見ながら訊ねた。 「なんで僕の名前を・・・?」 「先日、あなたを引き取り、いや養子にする手続きのためY孤児院に行ったら、逃亡したって聞かされて・・・私は三芳薫」 数か月前のからの話なのであるが、孤児院の担当者から僕に養子縁組の話が来ているのを聞かされていた。なんでも結構裕福な家からの話で、担当者曰く 「こんな、うまい話はめったにないんだからチャンと考えておいて!」何度も念を押されていた。だがその時の僕は全く関心がなく、所謂、馬耳東風と言うやつだった。その後、姉と慕っていた少女があっさり養子にもらわれて行き、孤児院生活も飽きてきた所でもあったので、逃亡を図り色々あって、その裕福な家のお嬢様と二人路地裏に隠れている。 「あなたこの紋章に見覚えない?」そう言って薫は、円形の平べったい入れ物、よくウヰスキーでもいれるスキットルの様な銀色の容器を見せた。 「僕はまだ酒は飲めないけど!」 「そうじゃなくて、この紋章、絵柄の事」 そう言えば、僕の背中、右肩の当たりに薄っすらとタトゥーが彫られていた。自分自身、普段見えない事もあり、余り気にしていないのだが施設の人が言うにはそのタトゥーは見えたり見えなかったりで、僕を捨てた親が彫り物師かなんかで子供の背中で試したのではと憐れんでいた。僕はおもむろにシャツを脱ぎ、薫に背中を見せた。 「同じ紋章!」薫は納得したように言い放った。 「僕には見えないけど、今日は見えているの?」 「見えたり見えなかったりするの?」 「らしい・・・」 「トリチウムのせいかしら?」薫は一寸考え込む様子を見せてから、 「どっちにしても此処じゃ埒が明かないわ!」 そう言うと、携帯で呼び寄せた超高級な車の中に僕を押し込んだ。それから後は、薫の思うがままに病院だか研究所だかを連れまわされ、最後は何処かのお城かと思われる様な、三好家の邸宅に軟禁状態となった。ふかふかのベットを備えた優雅な個室と日々の高級な食事で持て成されてはいたが、結構ハードな学習カリキュラムをこなす日々であった。そんな日々が数年続いた後、僕は再び逃亡した。あまり自由度のない環境では有ったが、施設で一緒だった、姉の所在を見つけ出し、姉の引き取られた教会に転がり込んだ。そしてすったもんだの挙句、三好家は条件付きで僕を開放し、僕は教会を運営する夫婦の養子となった。  三好家のハードな学習プログラムを消化している合間に明かされた事だが、薫が持っていたスキットルの中身は、北欧の某王国が直轄するフィヨルドにある島からとれる水らしく微量のトリチウムを含んでいた。
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