Chapter7. 『VENGER―ヴァンジェ―』

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新しいノヴェロ国王を決める武闘会では、フェイは決勝戦までは順調に上り詰めていった。 いい機会だと思い、ウォーレスはその武闘会を観戦していたのだ。 やはり獣人同士の戦いは、まるで獣同士の命の奪い合いを連想させるものだった。 彼らの本質は獣なのだから、戦い方が獣じみていても何も不思議な話ではないのだが、人間同士の戦闘とのあまりの違いに、ひたすら驚くしかなかった。 知識として知っていても、こうして実際に目の当たりにすると全く受け取り方が異なる。 そんな当たり前といえば当たり前のことを再確認しながら、決勝戦まで上り詰めた二人の獣人を観察していた。 フェイは軽やかな身のこなしを武器に、速さを重視した戦い方をする。 そして、彼の対戦相手の青年に視線を移した瞬間、つい息を呑んでしまった。 その青年の気迫は凄まじく、その全身からは殺気にも近い空気が放たれていた。 彼のその佇まいは、闇オークションでのディアナの姿と重なるものがあった。 今までフェイが参加している試合にばかり気を取られて、あの青年には全く気がつかなかったが、何故これまであの圧倒的なまでの存在感を認識していなかったのか。 そんな青年の迫力に圧倒されたのは自分だけではなかったのか、それまで盛り上がっていた武闘会の会場内が、いつの間にか不気味なほど静まり返っていた。 辺りにはぴりぴりとした緊張感が漂い、肌を突き刺しそうな鋭さがあるのではないかと、錯覚してしまいそうなくらいだった。 フェイも表情を強張らせ、ごくりと喉仏がはっきりと動くのが見て取れた。 青年が剣を構えた途端、一段と場を支配する空気が強まっていく。 フェイも相手に向かって剣を構えた、その直後の出来事だった。 鋭い金属音が鳴り響いたかと思えば、青年が剣先をフェイの喉元に突きつけていたのだ。 数拍遅れて、青年が一瞬にしてフェイとの間合いを詰め、剣を弾き飛ばしたのだと理解できた。 しばしの沈黙の末、会場内に熱狂的な雄叫びが響き渡った。 その場にいた誰もが、確信せざるを得なかった。 ――あの青年こそが、王なのだと。 単純に、彼が勝利を収めたからではない。 青年が確実にこの場を支配し、絶対的な王者としての存在感を放っていたからこそ、本質が獣である獣人たちは直感したのだろう。 当代において、この青年以外に王者に相応しい人物はいないと。 拍手喝采を浴びても尚、彼は冷静だった。 静かに剣先を下ろし、流れるような動作で刀身を鞘に納めた。 でも、その時の青年が一瞬だけ表情を変化させたことを、ウォーレスは見逃しはしなかった。 青年は落ち着いているように見えて、その実誰よりもその勝利に歓喜していたのだ。 王座を手中に収めたのだと確信したばかりなのだから、その反応は当然のものと言えるだろう。 だが、彼の目は獣じみた危うい光を帯びていたのだ。 その深紅の瞳はぎらぎらと輝き、口元は愉悦に歪んでいた。 その光も笑みも、まさしくウォーレスがディアナに求めてやまなかった、野心と呼べるものだった。 あの闇オークション会場で邂逅を果たした日以来、ディアナの中で鳴りを潜めてしまったものを、当時の彼女と酷似した雰囲気を纏った青年が持っている。 その事実を理解した途端、眩暈を起こしてしまいそうなほどの高揚感が胸を震わせた。 これほどまでに、ディアナの夫に相応しい男はいるのだろうか。 これほどまでに、彼女を正しき女王の道に導いてくれるであろう男は、この世に他に存在するのだろうか。 フェイがディアナの夫に相応しいと考えていた先程までの自分を、殴り飛ばしてしまいたい心境に駆られる。 観客の中にいた、青年の家族と思しき人たちが、彼の名を叫ぶ。 耳に飛び込んできたその名を、しっかりと胸に刻みつけていく。 (ヴァル――か) この後フェイを捉まえ、ヴァルと呼ばれた男の身辺を探らせなくては。 身を翻し、己の野望のための一歩を踏み出した。
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