Chapter1. 『在りし日の追憶』

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午前中は図書室に籠(こも)って調べ物に没頭していたものの、午後は恒例の役人や商人による結界内外の出入りを行うため、馬車に揺られて国境線沿いへと向かった帰り道。 結界の操作を済ませて王城に戻る道すがら、ぼんやりと車窓の景色を眺める。 (帰ったら、残りの本を読んで……。うーん、でもよく働かない頭で、本の中身を理解できるかな……) 午前中にたくさん頭を働かせたからか、頭の芯が痺れるような感覚がある。 もしかしたら、今日はもう調べ物は切り上げた方がいいのかもしれない。 (さっきまで、「どうして私は、こんなに視野が狭いんだろう。知らないことばっかりなんだろう」って、悩んでいたけど……私、探偵でも何でもないんだから、こういう頭の使い方に慣れていなくて、当然といえば当然なんだよね……) 暗殺者の視点と探偵の視点は、ある意味では似通っているのだろうが、少なくとも自分はこれまで探偵の真似ごとをしたことがない。 とはいえ、こんな非常事態に思考を放棄して何も知らないままでいるのは、ひどく恐ろしい。 次に何を知らされても過剰に動揺しなくて済むよう、せめて心構えだけでもしておきたいところだ。 それに、ここまで何とか頑張ってこられたのだ。 ならば、春からの一連の事件に片がつくまで、もう一踏ん張りだ。 そんな風に気合いを入れ直したところで、再び脱力感に苛まれてしまう。 何だか頭の使い過ぎで、知恵熱でも出てきそうだ。 死んだ魚みたいな目で見るともなしに窓の外の光景を眺め続けていたら、護衛として隣に腰かけているヒースに声をかけられた。 「……ディアナ? 何だか今にも魂が抜け落ちそうな顔をしていますけど、大丈夫ですか?」 「……ちょっと頭が疲れているだけだから、平気……」 ちらりとヒースの顔を見遣れば、彼は納得がいかないと言わんばかりのしかめっ面で、こちらを見つめ返していた。 数拍の間を置いた後、ヒースは表情を和らげて口を開いた。 「ディアナ、城に帰ったら何かお菓子でも召し上がりませんか? 疲れた頭には甘いものがいいと言いますし」 「甘いもの……」 なんて、素敵な響きの単語なのだろう。 その言葉を耳にしただけで、もう一度気力が漲(みなぎ)ってくるような気さえする。 やはり自分には糖分が必要不可欠なのだと、改めて思い知らされる心地がした。 「ヒース、ありがとう」 心を込めて礼を告げると、彼は柔らかな笑みで応えてくれた。 「俺は貴女の従者なのですから、これくらいは当然のことですよ」 「……うん!」 ヒースが紡いだ、自然な響きを帯びた言葉が嬉しくて、気がつけばディアナは子供みたいに大きく頷いていた。
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