Chapter7. 『VENGER―ヴァンジェ―』

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「……それで? これは一体、どういうことなの? 説明して」 ヴァルが駆け去り、ジゼルと共にアリシアの遺体の傍で立ち竦んでいた直後。 あの宣告に動揺していた彼女諸共、騎士に身柄を捕らわれてしまった。 彼らはディアナを王妃と呼び、身のこなしが人間とは思えないほど俊敏だったため、間違いなく獣人だった。 捕らわれた最初こそ、その手から逃れようと暴れ、現状を説明しろと訴えた。 でも、こちらが激しく抵抗することで、もしかしたら一緒にいるジゼルが危険な目に遭わされるかもしれないという可能性が脳裏をちらついたのだ。 そこまで思い至ってしまえば、もう大人しく従うしかない。 それに、騎士がディアナに触れる手つきは恭しいと表現しても過言ではなかったため、様子を見ようと決めたのだ。 王城に入ったところで、途中でジゼルは別の方向に連れていかれてしまったが、きっと彼女は無事だろう。 いざとなれば、ジゼルはフォルスを使えるのだ。 自分の身くらいは自分で守れると、今は彼女を信じるしかない。 そして、ディアナが辿り着いた先にあった部屋は、ノヴェロ国の王城であるディズリー城にある自室と、どうしてかそっくりだったのだ。 いや、そっくりなんて言葉では片づけられない。 部屋に置いてある家具も調度品も何もかも、ディアナの私室にあったものが、そのままこちらに持ち込まれていたのだ。 配置まで徹底的に再現されており、ディズリー城にある自室そのものなのではないかと、錯覚してしまいそうになる。 ディアナの知らないところで、勝手に悪趣味な引っ越し作業が行われていたらしい。 ここまで連れてきた騎士は、新しくディアナの私室となった部屋だと一方的に告げ、さっさとどこかに行ってしまった。 彼が去った直後に現れたのは、ノヴェロ国でディアナの身の回りの世話をしてくれたメイドたちだった。 すぐさま、これはどういうことなのかと彼女たちに詰め寄ったのだが、まずは雨で濡れた身体を温めるのが先決だと言われてしまったのだ。 今はそんなことを気にしている場合ではないというのに、メイドたちは主の主張に聞く耳を持たず、挙句の果てに強制的に浴室に連行されてしまったのだ。 もう、何が何だか分からない状況だったが、とりあえず黙って湯浴みをして、現在に至る。 「もう話を後回しにする理由も必要もないでしょう? お願いだから、答えて」 これで、ようやく納得できるまで説明してもらえると思い、ソファに腰を下ろしてメイドの一人に問い詰めたのだが、彼女は申し訳なさそうに謝るばかりだった。 「……申し訳ございません、妃殿下。私共は、詳しいことは何も……」 「知っていることだけでいいの。私、貴女たち以上に何も知らないんだから」 溜息を零し、メイドが少しでも答えやすくなるようにと、こちらからまた質問を繰り出す。 「……これは、獣人たちの――ううん、ノヴェロの革命。それは、合っている?」 「……左様でございます」 「この革命の主導者は……ヴァルで間違いない?」 喉の奥から苦いものが込み上げてきたが、無理矢理声を押し出して確認すれば、彼女はおずおずと首肯した。 「……はい。バスカヴィルをノヴェロと統合すれば、今までのような理不尽な仕打ちを受けなくて済むと……。皆、元より人間たちへの不満は溜まっていましたから、民は陛下についていくことを決めました」 メイドから与えられた情報を頭に叩き込み、双眸を伏せて考え込む。 (つまり、私の知らないところでノヴェロ国民は一致団結していたってことか……) 一体いつそのような話が出てきたのかは知らないが、上手いことディアナから情報を遮断したまま、ここまで事を運んだらしい。 ノヴェロ国民たちは、基本的に王の意向に従う。 だから、彼らの行動原理は理解できるのだが、ヴァルが何を考えているのかが分からない。 (少なくとも私が知る限りでは、ヴァルには野心があまりない……。ヴァルがこの革命を思いついて提案したとは、考えにくい……) ヴァルはただ、かつて出逢った少女の安否を確かめるためだけに、王座を目指したような人だ。 王位を獲得した後、さらなる欲が出てきてもおかしくはないが、ディアナから見た彼はそういう人ではない。 (私の思い込みで、知らなかっただけって可能性もあるけど……) 現に、ヴァルがアリシアに銃口を向けている姿を目の当たりにした時には、愕然としたものだ。 ディアナが知らないだけで、彼には隠された一面があるのかもしれない。 (でも、やっぱり革命の発案者はヴァルじゃない気がする……) そもそも、ヴァルは国民の心を動かした演説で語っていたような不満は、持っていなかったはずだ。 無事、ディアナと再会を果たせて満足していたはずなのだ。 そのディアナと婚姻を結び、両想いだと確認できた時の彼は、本当に心から満たされたように見えたのだ。 そう考えると、やはりヴァルにこの革命の話を持ちかけた誰かがいたのではないかと疑う方が、自然ではないのか。 それに、衝撃の事実ばかりが明かされてすっかり頭から抜け落ちそうになっていたが、これはおそらくフェイとウォーレスの真の目的なのだ。 時機を考えても、その線が濃厚だ。 そうなると、そのどちらかがヴァルに誘いを持ちかけた可能性が高い。 そこまで考えたところで、メイドをちらりと見遣る。 彼女はそわそわと落ち着かなさそうな雰囲気で、こちらの顔色を窺っていた。 (……多分、この人はこれ以上のことは知らないんだろうな……) きっと、ノヴェロ国民のほとんどがこのメイドと同じ認識で、革命に参加したに違いない。 彼女の顔を眺めてから、ぽつりと言葉を零す。 「……今、ウォーレスに会えない?」 「……え? ウォ、ウォーレス様、ですか?」 ディアナの急な要求に、メイドは目を白黒させる。 話の流れから、ヴァルに会いたいと願うとばかり思っていたのだろう。 確かに、あの現場を目撃していなかったら、迷わず彼と会おうとしただろう。 そして、今後の方針を一緒に定め、ウォーレスたちに対抗しようとしたはずだ。 だが、ヴァルは彼らと手を組んでいたのだ。 どんな事情があったのかは知る由もないが、それでもディアナには内密にしてウォーレスたちと協定を結んだのだ。 その事実を知っても尚、無邪気にヴァルを信じられるわけがない。 何もかもを疑ってかかっているわけでもないが、だからといって現状で彼に全幅の信頼を寄せるのは危険だ。 それに、この状況でヴァルと顔を合わせて取り乱さない自信がない。 何故あんな真似をしたのかと、感情的になって問い詰めずにはいられなくなる未来が目に見えているのに、彼から話を聞かせてもらおうとするのは、賢明な判断とは言えない。 だったら、最もこの革命の核心を握っているであろう人物に問い質した方が、話は早い。 戸惑うメイドを余所に、淡々と言葉を続ける。 「そう、ウォーレス。今すぐウォーレスのところに行って、面会の約束を取り付けてきて。もし、今は忙しいからと断ってきそうになったら、『王妃からの命令』だって伝えて」 現状から察するに、新たなバスカヴィル国王に祭り上げられたのは、きっとヴァルだ。 こうしてノヴェロ国王夫妻に仕えていたメイドが、当然のようにこの場にいるのだから、ほぼ間違いないだろう。 新しい国王の妻からの命令ともなれば、ウォーレスはこちらの要求を撥ね除けられないに違いない。 「は、はい。かしこまりました。ウォーレス様に、お伝えして参ります」 ディアナの気迫に圧倒されたらしいメイドはこくこくと何度も頷き、礼儀作法も忘れてぱたぱたと忙しなく退室していった。 そんなメイドの後ろ姿を見送ると、ソファの背もたれに寄りかかり、宙を睨む。 (……絶対、逃がさない) そう固く誓うと、今にも暴れ狂いそうになる感情を鎮めようと、きつく目を閉じた。
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