Chapter7. 『VENGER―ヴァンジェ―』

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ディアナがウォーレスとの面会を果たせたのは、メイドに言伝を頼んだ晩から三日後のことだった。 ウォーレスは、メイドを介して待たせてしまったのだから自分からディアナの私室に赴くと申し出てくれたのだが、こちらから丁重にお断りさせてもらった。 自分の部屋に彼を招き入れたくはない。 そんなことをするくらいならば、自分からウォーレスの元に足を運んだ方が断然マシだ。 使いの者が迎えにくるなり、自室から出て廊下を歩いていると、慌ただしく行き交う獣人たちとすれ違う。 彼らはディアナの存在に気がつくと、皆一様に深々と頭を下げてくる。 しかし、今の自分にはいちいちそんなものに構っている余裕はなく、横目でさっと流し見るだけで足早に廊下を進んでいく。 案内役を任されていたメイドはウォーレスの執務室の前で足を止めると、控えめにノックした。 「失礼します、ウォーレス様。妃殿下をお連れして参りました」 「ああ、ご苦労。もうお前は下がっていていいぞ」 「かしこまりました。……それでは妃殿下、これにて失礼させて頂きます」 「ここまで案内してくれて、ありがとう」 「勿体無きお言葉です。それでは、ごゆっくり」 メイドは丁寧な物腰で頭を下げると、しずしずとその場から離れていった。 彼女の気配が感じられなくなってから、意を決して目の前の扉を開ける。 ゆっくりと引き開ければ、机に向かっていた彼が顔を上げた。 「……これはこれは、妃殿下。わざわざご足労頂き、誠に感謝しております。どうぞ、席に着いてお寛(くつろ)ぎください」 「……そんなわざとらしい歓迎の言葉はいらないから。さっさと本題に入らせてもらうよ」 ウォーレスが手で示した先にあった革張りのソファに腰かけ、腕を組む。 さっさと座れと視線で急かせば、彼はやれやれとでも言わんばかりの溜息を吐いた。 「まったく……そう急かすな。それに何だ、その格好は。一国の王妃ともあろう者が、そんな地味なワンピースを着て城の中を練り歩くとは……」 ウォーレスから指摘を受け、自分が身に着けている服に視線を落とす。 確かに、彼の言う通り、今のディアナが身に包んでいるのは、普段着である黒いワンピースだ。 「別に、私がどんな格好をしていようとも、私の勝手でしょう。それより、ウォーレス。これは、どういうことなの?」 「これ、とは?」 ディアナの正面に配置されているソファに腰を下ろしたウォーレスが、白々しく小首を傾げる。 その無駄に整った顔面を潰してやりたい衝動を堪えながら、単刀直入に訊ねる。 「今回のこの暴動。……貴方たちにとっては革命なんだろうけど、これが貴方がラティーシャ様に協力するふりをしてまで成し遂げたかったことなの?」 「さすがは、ディアナだな。私が加担していたことを自力で調べ上げたとは……手塩をかけて育てた甲斐がある」 「それで、どうなの?」 苛立ちを隠そうともしないディアナに、彼は小さく笑みを漏らす。 「……ああ、そうだ。この腐った国を立て直すことが、私の悲願だった」 「……腐った国?」 ウォーレスの表現に、微かに眉間に皺を刻む。 彼は今までこのバスカヴィル国――ひいては王家を守ることに、心血を注いできたのではなかったのか。 それこそ、ディアナみたいな暗殺者を使ってまで、国家を脅かしかねない存在を抹消してきたのだ。 ウォーレスの意図を掴みかね、口を閉ざして熟考する。 そして、国を守るという自分の言葉に、はっと息を呑む。 (まさか……) どくどくと脈打つ心臓が、まるで耳のすぐ傍にあるかのように、妙に鼓動が大きく聞こえる。 脳裏に浮上してきた可能性が真実なのか確かめるために、今にも引っ込みそうになる声を押し出した。 「ウォーレス、貴方……国を強くするためだけに、今の王家を切り捨てたの……?」 ウォーレスが真に執着していたのが国そのものであれば、彼の性質上、確かに今の王家を潰す程度のことはやってのけるのだろう。 ディアナの問いに、ウォーレスは満足そうに唇に笑みを刻んだ。 「ああ、そうだ。今の……いいや、何代か前から既にこの国の王家は、私利私欲に走る無能な豚ばかりになっていた。だから、この手で一掃してやったのだ。バスカヴィルを、より強い国家に発展させるためにな」 「だったら、どうして……」 どうして、そこまでの考えを持っておきながら、革命が為された後なのにも関わらず、自らが王になろうとはしなかったのか。 そもそも、何故よりにもよってこんなにも回りくどい真似をしたのか。 単純に国を変えたかったのであれば、ラティーシャに手を貸したり、獣人の力を借りたりしなくてもよかったはずだ。 ウォーレスのことだから、きっと何か考えがあるのだろう。 必死に頭を働かせ、彼の思惑を探ろうとする。 ウォーレス相手に、率直に疑問を投げかけるだけでは駄目だ。 少しでも知恵を絞ってからでなければ、彼にはぐらかされてしまう。 長年の経験から、それだけは確かだと言える。 ウォーレスは、思考を放棄して答えだけを求める人を、ひどく嫌うのだから。 (ウォーレスのことだから、必要だと思わなければ、ふりとはいえラティーシャ様に協力しなかったはず) まずは、ラティーシャとの共謀の理由について思考を巡らせる。 でも、考え始めてすぐにその答えが頭の中で弾き出された。 彼女が殺害を目論み、実行に移した相手は、王家に婿入りしてきたマリウスだ。 そして、その次にディアナに狙いを定め、さらにその次の標的はクラウディアだった。 「……ラティーシャ様が、王族に復讐しようとしていたから、その計画ごとラティーシャ様を利用したの?」 慎重に問いかければ、ウォーレスはゆっくりと頷いた。 「ああ、そうだ。あの女が復讐を目論んでいることは、部下に探りを入れさせて知っていたからな」 だが、それだけではないのだとウォーレスの目が語っていた。 だから、そこからさらに推測しようとしたのだが、現段階で自力で推理できるのはここまでだと、諦める。 その代わり、もう一つの疑問の答えを求めるべく、目を眇めて思考の海に沈む。 どうして、彼は獣人たちの力を借りたのか。 獣人たちと国力を上げることに、どういう関係があるのか。 新たな王家を作り上げるためだけならば、ヴァルとディアナを引き入れるだけでもよかったはずだ。 しかし、実際にはウォーレスはノヴェロ国民全員を巻き込んだ。 その真意は、一体何なのか。 そこまで考えたところで、またしても即座にある可能性が脳裏に浮かび上がり、息を詰める。 国を発展させるために、最早不要と判断した王家を転覆させた。 ならば、その逆のことをしようと考えていたとしても、おかしくはない。 「……ウォーレス。貴方はこの国を強くするためには、新たな王家だけじゃなくて、新しい国民も必要不可欠だと思ったの? だから、ノヴェロ国民総出で革命を起こさせたの?」 ディアナに仕えているメイドが、言っていたではないか。 ――皆、元より人間たちへの不満は溜まっていましたから、民は陛下についていくことを決めました、と。 だからきっと、ノヴェロ国民は皆、バスカヴィル国に流れ込んできているのではないか。 どうやってこの地に足を踏み入れたのかも、何となく予想がついてしまった。 こっそりと深呼吸をして、言葉を繋いだ。
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