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ウォーレスは、ウェイスバーグ公爵家の次男として産まれた。
正確には、双子であるギディオンとほぼ同時に産まれたも同然なのだが、たった数分の違いでウォーレスは次男となったのだ。
物心ついた頃から、周囲の大人たちは自分たちへの扱いに困っていた。
それもそうだろう。
本来ならば、長男が爵位を継ぐものなのに、双子の兄弟という複雑な出生を経たために、長男にも次男にもそう大きな相違はないのだから。
おまけに、ウォーレスの方が遥かに出来がよかったのも、周りを困らせる一因を担ったに違いない。
自分でいうのも何だが、ウォーレスはやれば一通りのことはこなせたのだ。
それこそ、神童と謳われるほどの天才だった。
兄であるギディオンも、一般的な観点から見たら優秀な部類に入るのだが、どちらかというと秀才と呼ぶに相応しかった。
だから、どちらに爵位を継がせるか親族たちは揃って頭を悩ませていたのだが、ウォーレスからしてみれば、馬鹿なのではないかと一蹴したくて仕方がなかった。
産まれた時点で、双子だと分かっていたのだ。
だったら、その時点でどちらかを殺していれば、家にとっては都合がよかったのではないか。
産まれたばかりの赤子が死んだとしても、そんなに珍しい話ではないのだから、いくらでも事実の隠蔽ができたではないか。
うっかり親族の前でそう口を滑らせたら、皆一様にこちらに奇異の目を向けてきた。
まだ幼く、道徳観について学んでいる途中だったとはいえ、この考えは周囲から異常と見なされたのだ。
今にして思えば、確かにそんな意見は堂々と主張するべきではなかったのだ。
でも、当時の自分には何がいけなかったのか、全く理解できなかった。
非常に合理的で、効率のいい方法だと思っていたのだ。
確かに、死に至るまでは苦しいかもしれないが、死の苦しみなど所詮すぐに終わるのではないか。
それに、双子とは本来一人の人間として産まれてくるはずだったのに、些細な弾みで二人に別れてしまった存在なのだ。
ならば、そのうちの一人がいなくなった方が、正しい在り方なのではないか。
そんな主張を繰り返しているうちに、親族の心は固まった。
爵位は、ギディオンに継がせようと。
ちょうど、兄は周囲の期待通りに神官の道をいつしか目指すようになっていたから、余計に家を継ぐに相応しいと判断したのだろう。
親族の決定に、自分だけが納得できなかった。
自分ほど要領がよくないギディオンが爵位を継いでも、この家はそれほど発展しないだろう。
しかも、兄には野心というものが欠けていた。
堅実で保守的であることが必ずしも悪いわけではないが、ギディオンはいつも慎重過ぎるのだ。
それに、五百年前にフローラが現れるまでは、ウェイスバーグ家は王家として繁栄していたのだ。
救世の巫女だか何だか知らないが、そんな女さえいなければ、ウェイスバーグ家は今でも王族でいられたのだろう。
だから、かつての栄光を取り戻さんと、王位を虎視眈々と狙ってもいいはずなのだ。
そして、自分がいずれウェイスバーグ家の当主となれば、王座を奪還できるだけの大立ち回りをしてみせる自信があった。
そう、兄にはない野心がウォーレスの胸の内にはいつだって存在していたのだ。
ギディオンに爵位を継承する権利を奪われてからというもの、自分の中では以前にも増して野心が燃え上がっていた。
だが、両親も兄も全く理解を示してくれなかった。
神官だって、立派な仕事だ。
過ぎたる欲は、いつかその身を滅ぼすと、家族は口々にウォーレスの言動を窘めた。
そして、ウォーレスの考えを改めさせようとしたのか、毎日のように神官の道を勧められた。
自分が欲しいものは、そんなものではないのに。
上を目指すことの何が悪いというのか。
巫女を信仰の対象として縋ることに、一体何の意味があるのか。
十を過ぎた頃には、もう家族に何を訴えてもその心には響かないのだと理解し、もう分かってもらおうとは考えなかった。
家の中では、ウォーレスはいつも孤独を感じていた。
十六になる頃には、王城に通い詰めて己の実力を周囲に認めてもらおうと、必死だった。
初めこそ、誰もまだ青臭い若造の言うことになど耳を貸してくれなかったが、王婿であるマリウスの目に留まったことで、事態は一気に好転していく。
正直に言って、当代の女王であるクラウディアも、夫のマリウスも、政治に向いた頭脳の持ち主とは言い難かった。
女王はいつまで経っても夢見がちな少女みたいな女性で、そもそも政治に興味などなさそうだった。
そのため、政治の場には代わりにマリウスが顔を出していたわけだが、彼は周囲を納得させるだけの弁が立つ男ではなかった。
こうしたいという願望は明確にあったのだが、誰もが納得できるような最善の形にしていくのが、壊滅的に苦手だったのだ。
そのくせ悪知恵ばかり働き、あくどい真似だけは器用にこなしてみせたのだから、周りからの評価は非常に低かった。
だから、彼には自分の思い通りの政治が行えるようにするための、補佐の役目を果たす頭脳が必要だったのだ。
いわば、宰相だ。
その時点でも既に宰相はいたわけだが、どうにもマリウスの悪評を拭い去るだけの手腕の持ち主はいなかったらしい。
そして、その宰相にウォーレスが抜擢されたのだ。
それまで宰相だった男を押し退け、一気に出世を果たした。
華々しい業績に誰もが目を見張り、褒めそやしてきた。
これを機に、仕事が忙しくて少しでも城の近くに住みたいからと、理由をつけて屋敷を購入し、一人で暮らすようになった。
自分だけの屋敷、自分だけの使用人、自分だけの敷地。
今までだって、貴族の一員として家族から自分だけの領地を分け与えられていたが、この時の感動は格別だった。
家族から与えられたものではなく、自分自身の手で掴み取ったものなのだ。
自分があっという間にこれまでとは違った特別な存在となった気がして、多忙を極めた宰相の激務にも励むことができた。
あの頃が、人生で最も輝いていたように感じられた時期だったかもしれない。
しかし、宰相としての責務を果たせば果たすほど、次第に疑問と不満が心の奥底に降り積もっていった。
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