Chapter7. 『VENGER―ヴァンジェ―』

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「――マリウス様。前回の会議で無事可決された議案ですが、要望通りの形で実現できそうです。それで、この新兵器開発の件についてですが、これでは人間が使用するには負荷が大き過ぎます。兵器の威力を妥協されるか、いっそ獣人を騎士として登用する制度でも打ち出すか――」 「……ウォーレス、お前はやたらとあの蛮族に肩入れするな。そんな制度、認められるはずがない」 「……左様ですか。それでは、妥協する方向でよろしいでしょうか」 「ああ、構わない。汚らわしい獣共にこの国に入り込まれるより、よっぽどマシだ。……それで、ウォーレス。用件はそれだけか?」 マリウスからの質問に、今日中に片づけなければならない予定がびっしりと書き込まれた手帳を、ちらりと見遣る。 念のためさっと視線を走らせ、全て終わったことを確認する。 「はい、本日はこれだけです」 正確には、マリウスがこなさなければならない仕事は、だ。 残りは、ウォーレス一人でどうとでもなる。 ウォーレスが首肯するや否や、マリウスはいそいそと席を立った。 「そうか。なら、私はこれで失礼する」 「本日はお疲れ様でした。今日のところは、ごゆっくりお休みください」 深々と頭を下げたウォーレスに一瞥もくれず、マリウスは足早に執務室から立ち去っていった。 (……これだから、色ぼけは困る) 内心毒づき、盛大な溜息を吐く。 クラウディアとマリウスに仕えて、早二年が経とうとしている。 仕事にはすっかり慣れ、彼らの分も自分が働くことに関しては文句はない。 でも、妻に早く会いたくて仕事を急いで切り上げようとするマリウスに、呆れはする。 相変わらず、政治の場ではちっとも威厳がないクラウディアには、密かに憐れみすらしている。 マリウスに乞われ、最近彼らの娘であるアリシアに指導するようになったが、彼女の才能のなさも絶望的だ。 正直、今の王族は腐敗していると思う。 たまに、仕える価値がどこにあるのかと本気で疑ってしまうほどだ。 王家に仕える大臣たちも、誰もかれもが過去の栄光に縋って現在の地位を維持しているようなものだ。 ノヴェロ国みたいに、バスカヴィル国も血筋にこだわらずに実力を重視したら、どんなに素晴らしい国になるだろう。 それに、他の面でも不満が募っている。 (……何故、この国の国民は揃いも揃って、獣人をこれほどまでに蔑視するんだ?) 王家に仕えるようになってから、獣人の情報が以前にも増して耳に入ってくるようになった。 昔から、獣人はもっと高く評価されるべきだと思っていたが、王城に勤めるようになってからは、ますますその想いが強くなる一方だ。 あれほど身体能力に優れ、生命力に溢れている人材が王立騎士団にいたら、どれほどの戦力になるのだろう。 あの美貌だって、いくらでも使い道があるではないか。 あんな辺境に閉じ込めておくのは、宝の持ち腐れだ。 もっとバスカヴィル国民はノヴェロ国民に歩み寄り、国益に繋がりそうな人材を引き抜くべきではないのか。 いや、いっそ両国を一つの国に統合できれば、より素晴らしい国を創り上げられるのではないか。 元々は一つの国だったのだから、そこまで無理難題というわけではないはずだ。 それなのに、いくらこちらが国力を上げるために獣人と手を結ぶ案を上げても、一向に採用される気配はない。 皆、口を揃えて獣人とは可能な限り関わるべきではないと、否定する。 その主張にどうしてと問えば、かつてフローラが国を二つに分断したということは、互いに干渉するべきではないと判断したからに決まっていると、当然のごとく返される。 中には、彼女の考えを否定するようなことを口にするとは不敬罪に値すると、眉を顰(ひそ)める者までいる。 こちらからしてみれば、むしろ何故五百年も前の慣習に未だに縛られ続けなければならないのかと、不思議でたまらない。 どうして、国をよりよくしようと改革を行わないのか。 確かに、立派な慣習であれば続けるべきだろうが、正直、今の時代にはだんだんと合わなくなってきた気がする。 それに、表立って意見しないだけで、今の政治に不満を抱いている者は少なくない。 だが、ウォーレスを除けば、誰一人として改革を望もうとしない。 理由は、単純明快だ。 ずっと長きに渡って続いてきた因習を打ち破るのを、恐れているのだ。 改革を行った結果、上手くいかなかった場合の責任を負いたくないのだ。 結局、今の政界にいるのは、我が身可愛さで保身に走る者ばかりだ。 おかげで、ここ最近の他国との貿易での利益も、国内での利益も、思うような数字が出せていない。 目に見えて転落の一途を辿っているわけではないが、その代わり目を見張るような発展もない。 ――停滞。 五百年前から何も変わろうとしないこの国には、似合いの言葉だ。 この二年近くで痛感したのは、こんなどうしようもない現実だった。 苛立ちと歯痒さを心の奥に押し込め、ぎりっと奥歯を噛み締める。 (……なら、私一人でもこの国を変えてみせる) いつか、当代の王家を転覆させてみせる。 いつか、獣人たちの優れた素質を遺憾なく発揮できる場を用意してみせる。 そうすれば、この国はもっと強くなれるはずなのだ。 そのためには、今の地位で満足しているようでは駄目だ。 もっと、もっと上を目指さなければならない。 (そうだ、私が――) ――この国の王になってやる。 ウォーレスの才能を活かせる場を提供してくれなかった家族に、苛立ちを燻らせていた時よりも。 宰相に選ばれ、野望を叶えようと奔走していた間よりも。 不意に心に刻み込まれた強い誓いに、胸の内が烈火のごとく燃え上がる。 そうだ、いつか王位を簒奪してしまえばいい。 そうすれば、王族の生まれでなくとも、王座を獲得できるではないか。 王位を奪われた女王はウォーレスを反逆者だと糾弾するのだろうが、歴史においては勝者こそが正しいのだ。 革命が成功し、国をよりよい方向に改革できれば、誰もが新しき王の功績を称賛するだろう。 いや、そもそも歴史を紐解いていけば、ウォーレスの祖先がかつてはこの国の王者だったのだ。 ならば、かつての栄光を取り戻し、二つに分かれた国をかつてのように一つに戻し、かつてこの国の民だった獣人をもう一度バスカヴィル国民として招き入れる。 優れた者には活躍できる場を惜しみなく用意し、そうでない者には日々の営みの助けになる仕事を任せればいいのだ。 そして、その仕組みに不満を持って反逆しようとする者は、奴隷にでもなればいいのだ。 選民思想だと言われればそれまでだが、それの何がいけないのか、むしろ教えて欲しいくらいだ。 この国では階級制度が成り立ち、既に選民思想が社会に反映されているではないか。 そうと決まれば、綿密な計画を練らなければならない。 いつの日か、自分が王になるために革命を起こさなければならない。 身を翻し、颯爽と王婿の執務室を後にした。
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