Chapter7. 『VENGER―ヴァンジェ―』

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密かに革命を誓ってから、王家のある秘密に触れた。 当代の王族に何か弱味はないかと、ウォーレスが従えている優秀な部下たちに探らせたところ、バスカヴィル国第一王女が偽者だと判明したのだ。 どうやら、マリウスが個人的に親しくしているエインズワース公爵家でほぼ同時期に産まれた娘と、取り換えっ子を行ったらしい。 そして、女王たるクラウディアはその事実を知らないらしいということも、この頃に知った。 アリシアを我が子だと信じて疑わないクラウディアには、内心失笑せざるを得なかった。 髪質くらいしか似ているところはないというのに、よく自分の子供だと思えたものだ。 一度だけ、偶然機会があり、バスカヴィル国王夫妻の実の娘――ディアナの顔をこっそりと見たことがある。 実の娘も、両親には容貌も雰囲気もあまり似ていなかったが、それでも瞳の色や目元は母親にそっくりだった。 それに、利発そうなところは伯母に当たるラティーシャと似通っているところがあった。 だから、バスカヴィル国王夫妻と実の娘が並んだら、血の繋がりがあるのだから当然といえば当然なのだが、親子に見えるのだろう。 この秘匿されていた事実を知り、どうやって交渉に使おうかと悩み始めてから、二年近くが経過した頃。 思いも寄らぬ、大きな転機が訪れた。 エインズワース公爵家は、害獣の研究に強い関心を抱き、多くの支援を行っていることで有名だった。 また、支援だけでは飽き足らず、当代のエインズワース公爵家の当主も夫人も、自ら害獣の研究に携わっていたのだ。 研究のために、わざわざノヴェロ国との国境線沿いの土地を買い、別邸を用意するほど意欲的だった。 少しでも害獣が棲みついている土地の近くで、その生態を解明しようとしたのだそうだ。 貴族の中では、気高き貴族の血を引いているというのに、爵位を持たない人間に混じって労働に勤しむなど恥知らずにもほどがあると、噂する者が多かった。 しかし、研究者たちには快く受け入れられていたみたいだ。 多額の支援金を積んでくれている上に、研究に理解を示すだけではなく、研究者の一員として加わってくれたのだから、心強い味方だと思われたのだろう。 その上、二人共非常に優秀な研究者だったらしいから、害獣の研究に携わる者たちにとっては大切な支援者であり、貴重な戦力だったに違いない。 その才能が、エインズワース公爵夫妻の実の娘であるアリシアにも受け継がれていればよかったのだが、世の中はそう上手くいかないものらしい。 そんなエインズワース公爵夫妻のことは、ウォーレス自身も高く評価していた。 娘として育てたディアナにも英才教育を施していたみたいで、徐々に彼女自身にも興味が湧いてきた。 でも、エインズワース公爵家が国境線沿いで暮らすようになってから間もなく、予期せぬ事故が発生した。 マリウスから預かっていたディアナが害獣に襲われ、重傷を負ったのだ。 すぐに屋敷の近くにあった、両親が勤める害獣研究所に運ばれた彼女の身に、そこで奇跡にも等しい変化が起こった。 害獣に変貌することも、息を引き取ることもなく、ディアナは獣人となったのだ。 これまで例になかった事態に、不謹慎にも研究者たちは好奇心を疼かせたそうだ。 だが、この事実がマリウスの耳に知れ渡った途端、彼はエインズワース公爵家の排除を行ったのだ。 ウォーレスはマリウスに、それはあまりにも横暴だ、エインズワース公爵家と親しくしていた研究者や一部の貴族から大きな反感を買うと進言したのだが、怒り狂う王婿に臣下の声は届かなかった。 結局、マリウスに命じられるがまま、部下を使ってエインズワース公爵家を滅亡させるしかなかった。 不本意ながらも王婿の命令に従って動いているうちに、また予想だにしていなかった事件が勃発した。 稀少価値のあるディアナを研究の対象として、王都にある最も大きな害獣研究所に身柄が引き渡されていたのだが、欲に目が眩んだ愚かな研究者の一人が、未だ意識が覚醒していない状態の彼女を、秘密裏に闇市へと売り飛ばしてしまったのだ。 再びマリウスが暴走するかと危惧していたのだが、この情報を伝えた際、意外にも彼は冷めた目で放っておけと言い放ったのだ。 「……よろしいのですか? 貴重な研究対象を失っては、この国の大きな損失に繋がりかねませんが……」 マリウスには、ディアナが彼の本当の娘だという情報をこちらが掴んでいることは、伏せていた。 革命のためというのもあるが、他の大臣たちにまで知れ渡ったら、王家の信頼が失墜する危険性があったからだ。 いずれは転覆させる予定の王家だが、まだ計画が整っていない段階で足元を掬われては、困るのだ。 最悪、共倒れになる羽目にでもなったら、生涯恨み続けても恨み尽くせない。 だから、あくまで研究対象としての彼女への対処を確認すれば、彼は鼻で嗤った。 「――獣人なんかに成り下がった娘は、もういらない」 もういらないと、マリウスはいとも容易く実の娘を切り捨てたのだ。 今まで、お前は人を思いやることを知らないのかと、兄に散々口を酸っぱくして言われていたウォーレスだったが、この時ばかりはさすがに絶句してしまった。 人間であろうとも、獣人であろうとも、自分の娘であることには変わりはないはずなのに、マリウスはこちらを嘲るように笑っていた。 その時、ディアナが出品されるであろう闇オークションに顔を出してみるかと決めた。 同情なのか、興味本位なのかは知らなかったが、あまりにも多くのものを失った少女の行く末が気になったのだ。 地位をすり替えられ、人間ですらなくなり、自分を育て上げてくれた家族を失い、実の家族から見捨てられ、人としての尊厳を剥奪されようとしている彼女は今、まだ意識は戻っていないのだろうか。 目が覚めた時には、一体何を想うのだろう。 珍しく感傷的な気持ちになりつつ、自分の屋敷に戻り次第、部下に闇オークションの日程を調べ上げるよう、指示を出そうと考えていた。
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