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王位継承権を失ったとはいえ、元は王子ということでフェイの利用価値は未だ高かった。
フェイの権力を利用させてもらい、どうにかヴァルとの話し合いの場を設けてもらえた。
顔を合わせた当初は、ヴァルに不審そうな眼差しを向けられてしまったが、そんなものに構っている暇はない。
単刀直入に、こちらの野望を語らせてもらうことにした。
説明し始めたばかりの頃は、彼は興味のなさそうな顔で適当に相槌を打つだけだったが、ディアナの名を出した途端、態度が急変した。
「――ディアナを知っているのか!?」
その鬼気迫る気迫には、一瞬さすがの自分も圧倒されてしまったほどだ。
話を聞いてみたところ、ヴァルはディアナと面識があったらしい。
それだけではなく、ウォーレスの耳には入っていなかったが、ディアナが害獣に襲われた事件が起きた日も、彼女の傍にいたみたいだ。
しかも、ディアナに並大抵のものではない執着じみた恋情も抱いているようだった。
そもそも、王になろうと決意したきっかけは、彼女の行方を捜すためだったという。
ウォーレスはこれ幸いと、そこに付け込むことにした。
相手が生きているか死んでいるかも分からないのに、たかが惚れた女を捜索するためだけに、王座を狙う気持ちは微塵も理解できなかったが、その想いを上手く操作すれば利用できるに違いない。
ヴァルはしばらく悩む素振りを見せたものの、積極的に関わる気になれないが、もしも花嫁をアリシアからディアナに変えてくれるのならば、少なくとも邪魔立てはしないと条件を出してきた。
本当に、恋に溺れた男ほど単純な生き物はいないと、つくづく思う。
しかし、アリシアを欺くことなど簡単だから、その条件はウォーレスにとってさほど面倒なものではなかった。
「……仮にも惚れた女が命の危機に晒されるというのに、よく承諾できたな」
ここで断られてもまた言い包めるだけの自信があったため、思わず本音を漏らせば、ヴァルは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「そんなに、おかしなことか? 俺がディアナを守ればいいだけの話だろう。それに、事前に知っていれば心構えもできるからな」
「先程も説明したが、いつ、どこで、どのようにディアナの命を狙うかについては、一切教える気はないぞ。前もって貴殿が知っていたら、実際にそういった場面に遭遇しても、現実味が出なくなりそうだからな」
このヴァルという男に、何となく演技力は期待できない気がする。
だから、ヴァルの言葉をばっさりと否定したのだが、彼の自信はそれでも尚揺らがなかった。
「殺しにかかってくるってことが分かっていれば、それで充分だ」
ヴァルの声からも眼差しからも、絶対の自信が伝わってくる。
そこで、ふと気がつく。
(……ああ、この男は――)
些細なことでは揺らがない自信を持っているからこそ、こんなにも堂々としていられるのだと思っていた。
でも、本当は違ったのだ。
――己に大丈夫だと言い聞かせ、守り切ってみせなければならないと、自分を追い立てているのだ。
おそらく、ディアナを守れなかった過去があるから、もう同じ過ちを繰り返すわけにはいかないと、自分で自分を追い込んでいるのだろう。
そこに脆さを感じたが、彼女は獣人であり暗殺者でもあると既に説明したのだから、そこまで気負わなくてもいいだろうと、心の中で呆れてしまった。
だが、下手にその部分を指摘すれば、彼がどういった行動に出るか予測できなかったため、余計な口出しはしないでおいた。
(意外と、不安定なところがありそうだな……)
その点に関しては若干の不安が付き纏ってくるものの、ディアナを宛がえばもう少し精神的な余裕が出てくるかもしれない。
向こうから要求がなかったとしても、ヴァルの元に嫁がせるのは彼女にするしかなかっただろう。
とりあえず、互いに納得のできる条件を呑み込めたのだから、あとは実行に移すのみだ。
彼との交渉を済ませると、花嫁行列当日に一度に三つの事件を起こす準備に取り掛かるため、早々にノヴェロ国を発った。
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