0人が本棚に入れています
本棚に追加
気が付くと、僕は透明人間になっていた。
という言い方は正確ではないのかもしれない。透明、という言葉の意味通り、本当に周りから僕の体が透き通って見えているのか、僕には分からないからだ。とりあえず僕は何かを見たり、動いたり、触れたり、ということは今まで通り可能なのに、自分の姿だけが周囲から認識されなくなり、その声は誰にも届かなくなった。その現状を踏まえて、便宜的に自分自身を、透明人間、と呼ぶことにしたに過ぎない。
僕は僕自身の肉体を見ることができるので、あまりこの呼び方もしっくりこないけれど、他に良い言葉が思い付かなかった。
僕がちゃんと教室にいるにも関わらず、「あれっ、佐藤はどこ行ったの?」なんて友人たちが言い出した時、初めて違和感を覚え、「そう言えばこの間、近くのコンビニで佐藤くん見掛けたんだけど、私服がダサくて」とクラスの女子が鈴木ユキに陰口――僕がその場にいても、それは陰口になるのが今の状況だ――を言っているのを見て、異変に焦り出し、「斎藤、坂井、佐藤……佐藤はどうした? 休みか?」と朝のホームルームでの担任の言葉にクラスメートたちが首を傾げているのを見て、自分の姿を誰も視認できないという事実を確信した。
ちなみに僕は学校をサボりがちな生徒ではないけれど、大学受験を控えた高校三年生にもなると受験勉強を口実にして学校を休む生徒がすくなくはなかったので、先生もそこまで変に思わなかったみたいだ。だけど当然のことながら、登校直後に顔を合わせて挨拶していたクラスメートは明らかに不思議そうな表情を浮かべていた。
僕は無断で早退する度胸のあるような生徒でもなかったけれど、いきなり透明人間になるような生徒ではもっとなかったので、『理由は分からないが、とりあえず彼は何かがあって早退したのだろう』と周りのみんなが違和感は覚えつつも、無理やり納得させるような表情を浮かべていた。
僕は前の席の織田の肩をぽんぽんと叩いてみた。
振り返った織田は僕が眼の前にいるにも関わらず、僕の後ろの席にいる田村に「なぁ、なんかした?」と聞いていた。
その現状に戸惑いはあったものの、生来の性格のせいか、不安や恐怖はそれほどなかった。放課後になる頃にはその状況にも慣れて、困惑も薄まり、僕は非日常感を楽しみ始めていた。
最初のコメントを投稿しよう!