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放課後を待って、まず僕が向かったのは生徒指導室だった。
そこにはいつも通り、よく生徒を怒鳴りつけ、生徒からの人望がないことで有名な生活指導の大木先生がいる。独特な盛り上がり方のヘアースタイルから、大木先生には、カツラ疑惑があった。
確かめてやろうじゃないか。透明人間でしかできない最初の行動がそれでいいのか、と思わないでもないが、これは義憤だ。
金髪を黒く染め直させられ、あるいは煙草やピアスを没収され、そしてさらには停学処分まで食らった校内の自業自得な不良たちの哀しみを背負っての、
これは義憤だ――まぁそんな彼らと、しゃべったことは一度もないけれど……。
うん、まぁ……、別に楽しんでいるわけではなく、正当な怒りだ。
だけど大人数がいる場で見世物みたいにするのは、さすがに可哀想な気もしたので、大木先生が生活指導室に一人でいる時を狙うことにした。ドアに背を向けて座る先生の背後に音さえ気付かれないようにしながら近付き、思い切ってその髪を引っ張ってみた。
すると……、
「痛い、痛い!」と大木先生が叫んだのに驚いて、慌てて手を離した。先生が険しい目つきで辺りを見回す。やばいと条件反射的に焦ってしまうが、もちろん僕は視認されないので、大木先生は首を傾げるだけだった。
先生を痛めつけたくてやっているわけではないので、これ以上、先生の髪に触れることはしなかった。これもかなりひどいことをやっている自覚はあるけれど、ただ相手を傷付けたい、とかそんな歪んだ欲望までは持っていない。
結局精巧なカツラだったのか、本物の髪の毛だったのか。
真相を知ることはできなかったけれど、すくなくとも小さい頃に、テレビのコント番組とかで見たような安っぽくてするりと取れるタイプのカツラでないことは確かだった。
僕は大木先生が帰り支度のために職員室に戻るのを見送って、生活指導室から離れる。
物足りない……。ふとそんな思いが浮かんだことに、僕自身が何よりも驚いていた。
自分だけが特別なことをできる、
という感覚は驚くほど倫理観を薄めるものなのかもしれない。
徐々に強まっていく気持ちが抑えられなくなっていくのが分かった。
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