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だから次に僕が向かったのは校舎裏の教員用駐車場の、そこからちょうど死角になる場所で、その途中、僕はユキとすれ違った。ユキなんて内心では呼んでいるが、もちろん実際に話す時は「鈴木さん」だ。ジャージ姿の彼女に、すれ違いざまのあまい香りに、僕はどきりとする。この感情の正体を僕は知っている。そしてその想いが彼女に届くことなく、僕の高校生活が終わっていくことも。
バレー部のエースだった彼女はスポーツ推薦でもう大学の内定を得ていて、引退後も後輩の練習に参加している、という話は聞いていた。
彼女の背中を見送りながら、僕の心は、ほの暗い感情に支配されていく。だけど慌てて首を横に振る。
目的の場所に着くと、見るからに不良っぽい生徒が気弱そうな生徒をカツアゲしていた。それ以外に勘違いすることが不可能なくらい分かりやすいカツアゲの光景だった。有名な不良生徒だとは知っていたが、一学年下なので話したこともなければ名前さえも知らない。ただ、いつもこの場所で色々な生徒に因縁を付けて、金を巻き上げていることは知っていた。
何度か遠くからその光景を見たことがあったからだ。
もちろんそれを諫めたり、先生に告げ口したことなんて一度もない。だって怖いじゃないか。気付かれないように、その場から離れるだけ。実は先生たちも知っているのだけど、怖くて口出しできないことも分かっていた。
彼がわざわざ教員用駐車場の近くを選んでいるのは、カツアゲしている相手だけではなく教師や偶然見掛けた生徒にも自身の危険性を誇示するためだ、と僕は踏んでいた。
駐車場に目を向ける。よし、予想通り大木先生も帰宅する直前だ。
カツアゲしたお金を受け取る不良生徒の背後に回り込んだ僕は、彼のポケットからはみ出ている長財布を抜き取った。彼は当然それに気付かず、僕はその財布で不良生徒の後頭部を叩いた。突然の後頭部への衝撃に驚いたように振り向く不良生徒も、そして彼にカツアゲされていた生徒も、その光景に唖然とした表情を浮かべていた。
おそらく彼らの目には財布がふよふよと宙に浮いている光景が広がっているのだろうから。
自分の車へと向かう大木先生のもとに向かって、僕は財布を投げ付けた。その財布は先生の肩に当たり、生活指導教師としてのスイッチが入った険しい目を財布の飛んできた方へと向けた。
不良生徒が焦りの表情を浮かべ、僕は想像した通りだ、と心の中でガッツポーズを作った。
教師に対して強気な生徒であっても、大木先生だけは畏怖の対象である場合が多く、この不良生徒もその例に漏れなかったみたいだ。そんな大木先生をいいように利用する僕もどうかと思う、というか、ばれたら大変なことになるわけだが、そのリスクが高ければ高いほど快感になっているのも事実だった。
飛んできた財布と不良生徒、そして気弱そうな生徒。
その絵面に大木先生が想像するのは、当然カツアゲ以外にはない。
不良生徒にもそれは分かっているはずで、しかし財布をそのままにするわけにも……、と迷っている様子だったが、結局は大木先生とやり合おうと決めたみたいだった。
口論を始めたふたりの姿を呆然と、そして不安そうに見ている生徒に「さっさと逃げたほうがいいよ」と耳打ちすると、その声に従ったのか、それとも驚いたのか、その場から逃げるように去っていった。
「俺、じゃねーよ!」
という背後からの不良生徒の声を聞きながら、僕は愉快な気分に浸って、その場を離れた。
ここまで来たら……。
ドアノブに回した手が緊張で止まる。
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