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「楽しんで、欲しかったんだよ」
リュクレーヌは柔らかく笑う。その笑顔はどこかずるさを含んだものだった。
「え?」
「お前に普通の旅行を楽しんで欲しかった。それだけだよ」
これまで、自分の仕事に巻き込み続けて気苦労をかけていたフランに、どうにか余暇を与えて、心を休めて欲しい。
リュクレーヌなりの気遣いだった。
これではフランも反論できない、と少しだけ悔しそうに歯を食いしばり、ぷいと背を向けた。
「……全部、終わったら……ファントムを完全に封印できたらさ、今度こそ旅行しようよ」
全てが終わったその時は、今度こそ、何も、し絡みの無いバカンスへと行きたい。
「……そうだな」
リュクレーヌもこくりと伏し目がちに頷いた。
「あっ、でも、料理は僕が作るからね」
「楽しみにしているよ」
いつか、この約束が果たされたなら。そんな淡い期待を互いに祈りながら、二人は黄昏時の橙色に染まった海を眺めた。
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