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◆
「ありがとう」
と言われた気がした。気がするだけだった。
目の前が何やら眩しい。相変わらず温もりは感じる。
けど、知らない間に温もりは無機質なものになっていた。
「ん……」
目を覚ました時に広がるのはシーツの白。
いつの間にか事務所に到着して、自室のベッドで寝ていた。リュクレーヌが寝かしてくれたのか。
お礼を言わなきゃな、とフランは自室を出て事務所へと向かう。
しかし、あるはずの景色が無くて、思わず「あれ?」と声を出す。
もう時間は午前十時半になろうとしている。いつもならリュクレーヌがデスクで新聞を広げているはずなのに、その姿が無い。
──リュクレーヌは、まだ起きてないのか?
無理もない。自分を背負い、夜通しここまで帰ってきたんだ。
今日くらいゆっくり寝かせてあげよう。起きたらとびきり美味しい朝食をふるまおうと考えていた。
フランはキッチンに向かう。ベーコンエッグを作りながら時計がもう十一時を指していることに気づく。
──朝ごはん、と言うより時間的にはもう昼ご飯だよな
そんな事を思いながら調理を続けていたが、流石に起きないリュクレーヌが心配になった。
様子を見に行こうとフランはリュクレーヌの部屋の前に立つ。
「リュクレーヌ?いつまで寝ている……!?」
ドアノブを開けた。
だが、そこには誰の姿もなかった。
「いない?どこに……」
部屋中を探す。部屋だけじゃない。
キッチンや収納スペースなどの事務所全体を探した。
それでも、何処にもいない。
この家の主は突如、忽然と姿を消した。
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