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「……まさか、自分の肉体からここまで鮮やかな薔薇の花弁が出てくるとは思わなかったけどね」
美汪の腕の傷から優雅な香りとともに舞い散る花弁たちは、穏花の肌に触れると、まるで雪が熱に溶けるかのように染み込み、消えてゆく。
「薔薇の耽血——これが君の全身に行き渡ることで、棘病は消え失せる……と、信じている。……でも、いかんせん前例のないことだから確実とは言い切れない。……間違えてたら、ごめんね」
あれほど深く、広くナイフで切って痛くないはずがないのに、眉一つ動かさずに話す美汪の献身に、穏花の視界は涙でぼやけた。
「そんなこと、して、美汪は、大丈夫、なのっ……?」
「……平気だよ、僕を誰だと思ってるの」
いつもと変わらない冷然の口調と、それに反する毒が抜けたような美しい微笑み。
(——嗚呼、神様、最期にこんな素敵なプレゼントを、私だけの王子様……この身が滅んでも、ずっとずっと、変わらない)
穏花の瞳からは、とめどなく感謝と喜びの涙が流れていた。
「私、これで、ダメでも、全然、大丈夫っ……美汪が、ここまでしてくれたんだもん、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、私ね、棘病になって、よかったって思ってるんだ……だって、この病気のおかげで、美汪のことたくさん知れて、こんなに人を好きになる気持ちを、教えてもらえたんだもん、何も感じずにただ長く生きるよりも、私……ずっと幸せだった」
木漏れ日のように優しく笑う穏花を、美汪は堪えきれず思いきり抱きしめた。
「それは、僕の台詞だ」と、声にできない言葉の代わりに、渾身の力を込めた。
むせかえるような美汪の匂いに溺れながら、穏花は今この瞬間に果てたいと切に願った。
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