30.命の告白

2/6
前へ
/142ページ
次へ
「おや……まさかここに来られるとは……覚えていらっしゃるのですか?」  コーエンはゆっくりと真っ白な地を踏みしめて、穏花の側に歩み寄った。 「ここへ来てからの自分の痕跡をすべて消すようにと、ぼっちゃまは力をかけられていたようですがね」  穏花の様子から、明らかにすべてを覚えていると察したコーエンは、少し寂しげに、笑った。 「あなた様はぼっちゃまと関わりが深すぎたので、記憶を消せなかったのか……いや、そんな野暮なことを言うのはやめましょう、穏花お嬢様のぼっちゃまを想う気持ちが、王域の力を越えたのだと……そう信じたい」  穏花は木偶人形のように、ただコーエンを眺めていた。 (……記憶を、消す? どうして? ドウシテ? 美汪は? みおハ、どこにイルノ?)  穏花の脳は必死に事態を理解しようと稼働したが、空にパズルを組み立てるごとく、無意味に崩れるのを繰り返すのみだった。 「……あ、の……美汪、は……」  ようやく絞り出した声に、コーエンは何も返さなかった。   「あ、あの、だって、私、連絡、取ってたんです、スマホで、毎日やり取りを」 「申し訳ございません、その相手は……」  コーエンはコートのポケットから黒のスマートフォンを取り出し、穏花に提示して見せた。  ——美汪の所有物であった。  穏花がメッセージをしていたのはコーエンだったのだ。 「あなた様が気に病み、棘病の治癒に支障をきたさないようにと、ぼっちゃまから頼まれていました」 「……どこ、に……美汪は、どこに、いるんですか……」 「……ぼっちゃまなら、あちらに」  囁くように言ったコーエンが掌で示した方に視線を移す。  そこにあったのは、(たいら)な雪景色の中、ぽつりと寂しく浮かび上がるような小山。  その天辺には、十字架が突き立てられていた————。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

139人が本棚に入れています
本棚に追加