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「おや……まさかここに来られるとは……覚えていらっしゃるのですか?」
コーエンはゆっくりと真っ白な地を踏みしめて、穏花の側に歩み寄った。
「ここへ来てからの自分の痕跡をすべて消すようにと、ぼっちゃまは力をかけられていたようですがね」
穏花の様子から、明らかにすべてを覚えていると察したコーエンは、少し寂しげに、笑った。
「あなた様はぼっちゃまと関わりが深すぎたので、記憶を消せなかったのか……いや、そんな野暮なことを言うのはやめましょう、穏花お嬢様のぼっちゃまを想う気持ちが、王域の力を越えたのだと……そう信じたい」
穏花は木偶人形のように、ただコーエンを眺めていた。
(……記憶を、消す? どうして? ドウシテ? 美汪は? みおハ、どこにイルノ?)
穏花の脳は必死に事態を理解しようと稼働したが、空にパズルを組み立てるごとく、無意味に崩れるのを繰り返すのみだった。
「……あ、の……美汪、は……」
ようやく絞り出した声に、コーエンは何も返さなかった。
「あ、あの、だって、私、連絡、取ってたんです、スマホで、毎日やり取りを」
「申し訳ございません、その相手は……」
コーエンはコートのポケットから黒のスマートフォンを取り出し、穏花に提示して見せた。
——美汪の所有物であった。
穏花がメッセージをしていたのはコーエンだったのだ。
「あなた様が気に病み、棘病の治癒に支障をきたさないようにと、ぼっちゃまから頼まれていました」
「……どこ、に……美汪は、どこに、いるんですか……」
「……ぼっちゃまなら、あちらに」
囁くように言ったコーエンが掌で示した方に視線を移す。
そこにあったのは、平な雪景色の中、ぽつりと寂しく浮かび上がるような小山。
その天辺には、十字架が突き立てられていた————。
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