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それは声のようだった。穏やかで懐かしい、ラザレスを慈しんでくれるような声だ。この場所にいるからそう聞こえるのかもしれない。ラザレスは涙を拭いて頭を振った。しかし、その声は次第に大きくなり、最早気のせいとは思えないほどはっきりとしたものになっていく。
「ラザレス」
声がはっきりとそう言ったときには、同時に木の床を歩く足音がしていた。ラザレスは思わず振り返って、その姿を見て、喘ぐように息を吸い込んだ。
食卓の傍には、クリスが立っていた。別れた時のままの姿で、懐かしい表情で微笑んでいる。
「クリス、なのか」
彼は困ったように微笑んだ。
「あんなに劇的なお別れをしたのに、なんだか恥ずかしいですね」
ラザレスは首を振った。立ち上がって駆け寄り、手で触れようとして指を震わせた。確かに彼の姿はここに見えるのに、まるで霧のように触れられない。
「何故」
霧のような彼は、以前と同じように微笑んだ。
「この森を作ったときに、肉体は滅びました。本当ならそれで死んでいたと思うのですが……いえ、今でも死んでいると言うべきなのかもしれませんけど、どうしてか、意識だけはここにとどまっていられるようなんです。森を離れることはできそうにないので、今の私のよりどころは、この森なのだと思います……いよいよサングラン以上の怪物になってしまいました」
ラザレスは首を振った。怪物であろうが亡霊であろうが、なんでもいい。二度と言葉を交わすことは叶わないと思っていた彼に、こうして会えただけで体が震えるほど嬉しかった。
「役目を、果たされたのですね……あなたが無事で、本当に良かった」
クリスの優しい声に、ラザレスは枯れたはずの涙を流した。
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