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Episode37:お嬢さまはハブられる
本日の授業が終わり、いつものようにひな子がPCの電源を落とすのに四苦八苦している内にいっしょに下校するはずの小太郎がいなくなっていた。
教室を見回すと真澄とカオル、そして愛奈もいない。
とくに真澄とカオルは教室から出る前に、今まであればひな子に下校のあいさつをしていた。
今日だけそれがないのは不自然である。
急いで人気のない女子トイレに駆け込み、スカートのポケットから通信用のコンパクトを取りだして竹谷に連絡をする。
だが、ひどいノイズ音がするだけで、竹谷に連絡が取れない。
嫌なカンジだ……。
他の生徒のような通信端末を所持していないひな子は、こういうときのためのアシストロボットを呼ぶ。
「ヒナタ!」
黒猫のヒナタは音もなくひな子の肩に飛び乗ってきた。
ヒナタが来たことに多少の安堵感を感じながら、ひな子はヒナタに言う。
「ヒナタ、竹谷に連絡が取りたい。出来ますか?」
《――只今、ネットワーク障害につき、他者への通信は不可能です》
「……ぐっ」
昼休みにあの方が言っていた『学校のセキュリティシステムが今、外部から広範囲の攻撃を受けてる』を思い出す。
「ヒナタ、小太郎さんの位置なら分かる?」
情報が遮断されているが、どこまで遮断されているのか試してみようと、ひな子はヒナタに小太郎の情報を要望してみた。
《――河本小太郎は、東棟にある仮想冒険同好会の部屋にいます》
「冒険会の!?その部屋には小太郎さんに他に誰かいますの?」
《十数名の学園生徒が確認できます》
「分かったわ、ありがとう」
ヒナタを肩に乗せたまま、ひな子は冒険会の部屋まで走って行く。
そこへ胸を上下に揺らしてヘンテコなスキップしている楢井先生と出くわした。
「旭川さ~ん。廊下を走っちゃダメダメよォ~」
「あうっ、申し訳ありません」
「急いでいるみたいだけどォ~、何かあったの~ォ?」
「あ、あの、うちのプライベート・エスコートと連絡がとれなくなってしまって……」
「あら~?それはたいへ~ん」
大変という単語を口にしても、ちっとも大変そうに見えない楢井先生。
「それで~、旭川さんはどこへ行くのかなァ~?」
「登下校はこ、河本さんとご一緒しておりますので冒険会の部屋へ向かっていますの」
ひな子が焦りながらそういうと、楢井先生はにこにこしてこう言うのだ。
「じゃ~あ、センセーもついていってあげる~」
「え、ああ、はい……」
先生にそう言われたら断るのは不自然。
渋々ひな子はヘンテコスキップする楢井先生と、歩いて目的地まで向かうことになった。
冒険会の部屋へ向かう途中、廊下ですれ違う生徒たちも情報端末が使用できないことに苛立っていたり、あきらめて下校しようとする姿を目撃する。
(これはあの方のお力を借りることができませんね……)
主にネットワーク関係で――。
機械オンチなひな子は、こういう時にまるで役に立たない我が身を嘆く。
(お父さまが生きてさえいれば、電気・電子器具で苦労することはなかったのかもしれませんわね)
あまり記憶に残っていない父は、竹谷のように情報端末などを使いこなしていたと思う。
美化された記憶かもしれないが――。
のんきに胸を揺らしながら笑顔でルンルンと鼻歌を歌いながらスキップする楢井先生を連れて、ひな子は冒険会の部屋の前までやって来た。
この部屋に入るために学生証をドア横のスリットに通したあとでドアノブに手をつかむ。
するとピッという電子音が鳴り、ドアロックが解除された。
ひな子はドアを開くと、そこには冒険会のメンバーの他に戦技研の部長である田原、ラブ、愛奈、――そして黒鳥とその取り巻きがいた。
彼らはひな子と楢井先生が部屋に入ってきたことすら気づかずに、激しい口論をくり広げている。
「どうして君たちはそんなにも冒険会に固執してるんだ!?」
「へっ、弱いヤツがバーチャルマシンを使ってるのが気にいらない。ただそれだけだよ」
「下らないわね……」
「バッカじゃないのー?」
田原が黒鳥をなんとか説得しようとしているようだが、黒鳥は悪態をつくだけで彼の言葉に耳を貸す気はないらしい。
愛奈とラブは心底あきれているようすだ。
きっとずいぶん前から延々とこのくり返しなのだろう。
冒険会のメンバーたちは戦技研の部員同士の話し合いに口を挟むつもりはないのだろうが、黒鳥の暴言には辛抱できない苛立ちを感じられる。
黒鳥の取り巻きたちも口を開かないが、クスクスと笑いながら田原たちをみていた。
「……君たちは、一体何のためにクローンモード競技をしていたんだ?」
顔を歪めた田原が、真剣な形相で黒鳥たちに言う。
すると彼らはそんな田原をあざ笑うかのように口の端を上げて答えた。
「強くなるために、だよォ。強くなって弱いヤツらをぶっとばしたいからだよォ。弱いヤツはそれだけで悪!オレっちたち正義の味方なんだよ~ん」
「そーそー、力こそ正義!」
「黒鳥センパイってば、カッコイイ~w」
キャハハハハッと黒鳥たちから笑い声がどっと上がる。
なお、楢井先生は生徒同士のイザコザに対して我関せずといった姿勢をとり、寧ろ楽しそうな顔で傍観していた。
(どうしてついてきた。このボインボインは!?)
ひな子は顔を引きつらせながら楢井先生の顔を見据える。
それに気づいた先生は、ただウィンクを返すだけだった。
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