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「あっ」
そのとき、太い木の根に躓いて、とうとう小夜は倒れた。地面に手を突き、今は半身になって、その手を眺めている。
怪我をしたのだろうか。今まで嗅いだことのない匂いを、わたしは捕えた。
その瞬間。
ガン! と頭を殴られたような衝撃があった。
もはや、わたしは身を隠すことも忘れ、身体を膨れあがらせた。気配に驚いた小夜がわたしを見、絶叫の形に口を開いた。けれど、叫びが迸るより早く、わたしは彼女に飛びかかっていた。
血だった。血の匂いだった。小夜の血の匂いがわたしを狂わせた。
花音の命令など、もうどうでもよかった。
今のわたしの中には、あのウサギによって、人の血と肉に対する狂ったような渇望が埋め込まれてしまっていた。それを小夜の血の匂いが解き放ってしまったのだ。
未だ開いたままの小夜の口の中に、わたしは牙を送り込むと舌を噛み千切った。口中に溢れた血の味と、喉を滑り落ちていく舌の感触は、わたしを驚喜させた。
爪で切り裂いた喉からの返り血に、わたしは舌なめずりをし、更に十本の指を小夜の胸に突き立てた。柔らかい脂肪層を貫いたわたしの指は、硬い肋骨を探り当て、その裏側に潜り込んだ。
「……カ、カカ」
小夜は血の塊を吐き出しながら、何かを言おうとした。もしかしたら「茜さん」だったかも知れない。今のわたしには何の意味もなかった。
両腕に力を込めると、わたしは易々と小夜の胸腔を引き裂いた。血と骨と肉片が飛び散り、月光にも白く輝く肋骨と、青黒く震える肺臓と、そして何よりも、火のように熱い心臓がむき出しになって、断末魔にのたうった。
また小夜が言葉にならない何かを叫んだ。
わたしは哄笑して、大口を開けた。アゴの関節がこのために変化した。口がどこまでも大きく開いた。わたしはその口で、小夜の心臓を食いちぎった。血が溢れた。焼けているように熱い、小夜の心臓は、わたしの口の中でも脈打つことを止めずに、そのまま喉を滑り落ちていった。
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