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化け物はあたしを見て笑った。口から舌を出した。青くて長くて、舌じゃなくて、まるで蛇。そいつを、あたしに向かって伸ばしてくる。まだ倒れたままだったあたしは、後ろへ這いずり、なんとか手を突いて、立ち上がった。
壊れた笛みたいな悲鳴が、勝手に喉から漏れる。止められない。
怪物は舌を伸ばすのを止め、首を傾げて、顔を歪めた。歪めただけなのに、なんで、笑ってるんだ分かるのよ? 何かをうかがうように、あたしを見ている。
「小夜はどうしたの?」あたしは言った。声が震えてるのが分かる。
「食べチッタ」
「食べた?」
「うん。おいチかったから」
これで何度目だろう。似合わない、かわいらしい声で怪物は話した。記憶が弾けた。姉さんの声、子どもの頃の姉さんの声だ。吐き気が襲い、あたしは胃の中のものをすべて、戻しそうになった。
「遊ぼ」不意に怪物が言った。かわいらしい、姉さんの声で。
「人間に戻って」無視してあたしは言った。「今すぐ人の形に返るの」
「やだ。遊んでから」
「うるさい」あたしは頭を振り回した。気が狂いそうだった。
「姉さんはわたしの思い通り。姉さんはわたしに言われたら何でもする。だから人間に戻れ。今すぐ人間に戻れ。それが、わたしの命令」
「違うよ。あたチ、姉さんじゃないもん」化け物はケケケと笑った。
「あたチはビトちゃん」
「ビト……?」
「だから、あたチは花音の命令なんか、知らない」首を振り回した。「聞かない。けけけ」
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