遊ぼ

8/26
前へ
/180ページ
次へ
 化け物はあたしを見て笑った。口から舌を出した。青くて長くて、舌じゃなくて、まるで蛇。そいつを、あたしに向かって伸ばしてくる。まだ倒れたままだったあたしは、後ろへ這いずり、なんとか手を突いて、立ち上がった。  壊れた笛みたいな悲鳴が、勝手に喉から漏れる。止められない。  怪物は舌を伸ばすのを止め、首を傾げて、顔を歪めた。歪めただけなのに、なんで、笑ってるんだ分かるのよ? 何かをうかがうように、あたしを見ている。 「小夜はどうしたの?」あたしは言った。声が震えてるのが分かる。 「食べチッタ」 「食べた?」 「うん。おいチかったから」  これで何度目だろう。似合わない、かわいらしい声で怪物は話した。記憶が弾けた。姉さんの声、子どもの頃の姉さんの声だ。吐き気が襲い、あたしは胃の中のものをすべて、戻しそうになった。 「遊ぼ」不意に怪物が言った。かわいらしい、姉さんの声で。 「人間に戻って」無視してあたしは言った。「今すぐ人の形に返るの」 「やだ。遊んでから」 「うるさい」あたしは頭を振り回した。気が狂いそうだった。 「姉さんはわたしの思い通り。姉さんはわたしに言われたら何でもする。だから人間に戻れ。今すぐ人間に戻れ。それが、わたしの命令」 「違うよ。あたチ、姉さんじゃないもん」化け物はケケケと笑った。 「あたチはビトちゃん」 「ビト……?」 「だから、あたチは花音の命令なんか、()らない」首を振り回した。「聞かない。けけけ」
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加